聖書研究との関連で6、哲学的思惟へ(続々)

 聖書研究との関連から、扱う文献を徐々に哲学研究へ移行させつつあるが(これについては、今年度前期の京都大学の特殊講義で、「聖書と哲学」というテーマでまとまった議論を行ったところである。哲学と聖書との連関、これはいわば常識に属する事柄である)、今回は移行の3回目として、テリー・イーグルトンを取り上げたい。次回からは、最近、研究室に到着した哲学・哲学史に関連の文献へと進む予定である。
 イーグルトンは、マルクス主義の立場に立つ文学批評家であり、この分野ではきわめて著名な人物である。岩波書店から邦訳が出ている『文学とは何か』は、広く読まれ、聖書研究における新しい方法論の導入を理解する上でも参照できる文献の一つである(わたくしも、講義で繰り返し言及してきた)。聖書研究との関連でという視点で、取り上げられてしかるべき思想家と言える。そして、現代思想・哲学との関連でも、重要な位置を占めている。特に興味深いのは、1970年代以降のマルクス主義の理論的改訂の流れにおいて、19世紀的な「マルクス主義=無神論=反キリスト教」という図式にとどまらない思想構築がなされ、イーグルトンはこうした文脈を理解するに適している、ということである。
 これは、以前に本ブログでも紹介した(?)2008年のテリー講演(イェール大学)『宗教とは何か』(青土社、2010年)においてよく示されている。近代以降の「無知と偏見」に基づいた低級の宗教批判(本格的で手強い宗教批判と区別して)への批判的検討を行う上で、イーグルトンの議論は大いに参照できるものと思われる。こうしたイーグルトンの議論の最新のものが、次に示す文献である(2012年、ノッティンガム大学でのファース講義の出版)。

Terry Eagleton,
Culture and the Death of God,
Yale University Press, 2014.

Preface

1 The Limits of Enlightenment
2 Idealists
3 Romantics
4 The Crisis of Culture
5 The Death of God
6 Modernism and After

Notes
Index

 議論自体は、特に最新といった感じではないが、近代文化とキリスト教といったテーマに関心のある人は、押さえておくべき内容である。わたくしなどは、こうした議論に接する、トレルチ、そしてティリッヒの線で、再度文化の神学を構想したいという気になるが、いかがだろうか。
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