東アジアの近代の一断面

 過去の歴史の中には、さまざまな消えかかった記憶の断片や忘却された想いの痕跡が隠れており、それを掘り起こすことは、歴史に関心をもつものの楽しみの一つである。東アジアの近代も、こうした半ば、あるいはほとんど忘れ去られようとしていた人間の関わりの記憶が存在しており、それを読み解くことが、たとえば、この地域のキリスト教を理解する上でも、重要な手がかりとなる。必ずしもキリスト教との関わりというわけではないが、最近手に入れた次の文献は、東アジアの近代を駆け抜け人々の繋がりを鮮やかに思い浮かべさせるものであった。

吉川凪
『京城のダダ、東京のダダ──高漢容(コハニョン)と仲間たち』
平凡社、2014年。

序章 ダダと名乗った男

第一章 ダダ以前
   商都、開城
   〈万歳〉前後

第二章 東京留学
   自称〈天才〉たちのたまり場──日本大学美学科
   名物教授松原寛
   〈苦学〉の流行
   アナとボルの巣窟──日本大学社会科
   朝鮮最初のダダ
   東洋のダダ
   辻潤の思想
   関東大震災

第三章 京城にて
   高橋新吉、海峡を渡る
   「ソウルにやって来たダダイストの話」
   恩人辻潤
   京城文壇あげての大歓迎
   ピストル乱射事件の真相
   崔承喜と辻潤

第四章 再び東京、そして宮崎
   『詩戦行』の仲間たち
   辻潤、秋山清、高漢容の〈三国同盟〉
   ファム・ファタル、雪子
   ダダの終焉

第五章 それから
   雪子の死
   帰国後の生活
   ソウルからの手紙

付録 高ダダのエッセイ

あとがき

高漢容年譜
主要参考文献

 過ぎ去った事柄の響き、それを感じたことは、ノスタルジーとも言えるような不思議な想いに満たしてくれる。こぼれ落ちそうな記憶をなんとかつなぎ止める努力が、近代日本キリスト教史にも求められている。

付記:大正デモクラシーという時代がもたらした豊穣な混沌(ティリッヒならば創造的混沌と言うだろうか)、時代は短期間のはかない光芒を放ちつつ、暗い時代へと滑り行く。ドイツのワイマール時代に先立ってそれに匹敵する日本思想の動向がここにある。この遺産は、暗い時代を超えて戦後にもその痕跡を辿ることができる。原口統三・・・
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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