「脳・心・人格」文献紹介(ブログ「キリスト教思想研究の現在」からの移転)1

 わたくしは、本ブログのほかにいつくかのHPやブログを運営していますが、 ブログ「キリスト教思想研究の現在」において続けてきた「脳・心・人格」文献紹介を、本ブログに統合することにしました。その理由は、ブログ「キリスト教思想研究の現在」の方の内容の見直しが行いつつあることと、その内容が本ブログの文献紹介とオーバーラップしていることです。
 今後何回に分けて、記事の移行作業を行います。今回は、その第一回目として、古いものから2つをこちらのブログに移転・転載します。

1.「瞑想科学?」
脳神経科学の進展は、宗教研究に新たな展開を引き起こしています。それは、悟り、救いなどは、少なくとも「心」に関わる問題であり(個別的な「心」に還元できるかは別にして)、宗教は「心」と切っても切れない関係、そして「心」は「脳」と切っても切れない関係にあるからです。脳は自分とは関係ないという宗教はきわめて考えにくいと思われます。この問題状況は、これまで、「宗教と科学」関係論から、いわば超然としていた仏教にも、現代科学との関わりを正面から議論することを要求するものと解することが可能であって、実際、「仏教と脳神経科学」は、今や活発な研究対象となりつつあります。もちろん、以上は、欧米、特にアメリカの状況であり、日本ではまだまだ研究分野としての認知度は低いと言わねばなりません。

 今回紹介の文献は、比較的最近のものであり、典型的な議論の一つです。

B. Alan Wallace,
Contemplative Science. Where Buddhism and Neuroscience converge,
Columbia University Press, 2007.

Acknowledgment
1. Principles of Contemplative Science
2. Where Science and Religion Collide
3. The Study of Consciousness, East and West
4. Spiritual Awakening and Objective Knowledge
5. Buddhist Nontheism, Polytheism, and Monotheism
6. Worlds of Intersubjectivity
7. Samatha: The Contemplative Refinement of Attention
8. Beyond Idolatry: The Renaissance of a Spirit of Empiricism
Notes
Bibliography
Index

2.「リベットの実験」
リベット(Benjamin Libet)の実験は、「宗教と脳」という問題を論じる際に、いわば古典的な問題として位置づけることができる。これは、宗教だけでなく、自由意志をめぐる問題全般に関わるものであり、近代の自由意志論と決定論をめぐる論争に決定的な論点を付け加えるものとなった。神への信仰が、人間の心・意識ではなく、それらに先行しそれらから区別される脳内プロセスによって決定されているとすれば、自由意志のみならず、神信仰の実在性も危うくなるというわけである。(なお、キリスト教思想においては、自由意志論はアウグスティヌスにおいてそうであったように、近代的な決定論との問題連関における議論とは区別されるべきであることは、最初に確認しておくべきであろう。)

 宗教哲学という観点から、リベットの実験を取り上げている議論としては、すでに邦訳(全訳ではないが)が出版された、ジョン・ヒックの『人はいかにして神と出会うのか』(間瀬啓允・稲田実訳、法蔵館)が挙げられる。ヒックのリベットの実験の取り上げ方は、近世哲学的な問題連関における自由意志論の観点からのものであり、ヒックは、脳神経科学の文脈で自由意志擁護論を試みている。こうした自由意志論との関わりにおけるリベットの実験の議論としては、様々な論考が存在するが、比較的コンパクトなものとして、近藤智彦「脳神経科学からの自由意志論──リベットの実験から」(信原幸弘・原塑編『脳神経倫理学の展望』勁草書房、229-254頁)が挙げられる。また、小坂井敏晶『責任という虚構』(東京大学出版会)におけるリベットの実験への論究も興味深い。

 しかし、最終的には、リベット自身の著作を読むことがもっとも確実かもしれない。幸い、リベットのMind Time, Harvrad University Press,2004. の翻訳がなされており、日本語で読むことができる。

ベンジャミン・リベット、下條信輔訳
『マインド・タイム 脳と意識の時間』
岩波書店、2005年。

序文(S・M・コリンズ)
まえがき

第一章 本書の問題意識
第二章 意識を伴う感覚的なアウェアネスに生じる遅延
第三章 無意識的/意識的な精神機能
第四章 行為を促す意図──私たちに、自由意志はあるのか?
第五章 意識を伴う精神場論──物質からどのようにして精神が沸き起こるのか
第六章 結局、何が示されたのか?

訳者あとがき
参考図書
索 引

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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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