学会誌について

 昨日、JR京都駅前のキャンパスプラザ京都で、日本基督教学会・編集委員会が開催された。わたくしも、中断をはさんで、10年以上、この編集委員会に属しているという点では、お馴染みの作業とも言えるものではあるが、今回からは(厳密には、9月の委員会からであるが)編集委員長という立場での委員会であり、やや勝手が違うという気分でもあった。ともかくも、大過なく、決定すべき事柄(次号の『日本の神学』掲載の論文4編程度、書評対象図書とその書評候補者)が決定できたものと思われる。このブログでは結果をお知らせすることはできないが、1月上旬には関係の方々のところに学会事務局から連絡が行くはずである。
 編集委員会にご出席いただきました委員のみなさま、事務局のみなさま、ご苦労様でした。

 これから、学会誌のあり方についても、さまざまな修正・変更を行うことが考えられるが、ここで、『日本の神学』あるいは学会誌一般についてポイントを確認しておきたい。

・学会誌の機能1:学会誌は学会の外部に向けてはその学会の活動の紹介を行い、内部に向けては会員相互の交流・情報交換といった機能を有している。したがって、学会誌にはそれに相応しい内容と水準が要求される。『日本の神学』の場合は、論文と書評、そして全国学術大会(講演とシンポジウム)と支部会活動報告(専務理事による英文報告も)がこうした機能を果たしている。掲載される論文と書評の内容とその水準について中心的な責任(執筆者の責任は当然として)を負うのが、変種委員会にほかならない。したがって、どの学会でも学会誌編集委員会は重要な役割を果たすことになる。

・学会誌の機能2:学会誌は、学会全体にとってだけでなく、会員個人にとっても重要な機能を担っている。そして、それはいわば研究者が学術世界でどの世代に属しているかで、異なってくる。たとえば、いわゆる若手研究者、特に研究教育職に就職前の若手にとっては、論文が学会誌に掲載されるかがきわめて重要な意味を持つことは言うまでもないであろう。『日本の神学』のような全国規模の中心的な学会のレヴェリー付きの学会誌に論文が開催されたことは、中心的な業績となりうる。これは、プロモーション人事においても一定の意味を有するであろう(年数が経過すれば自動的に年齢順で昇進できるというシステムは、はるか昔のことではないだろうか?)。
 また、書評も、会員個人と無関係ではない。最近の動きとして、大学の中期計画に合わせて教員評価、自己評価が要求される。自己評価の際には、自分の研究成果に関して学術的意義や社会的意義を述べた上での評価が必要であり、それにはその評価を行う「証拠」が求められる。その場合には使えるのが、自分の著書がしかるべき学会の学会誌において書評されたという事実(書評されどのような論評を受けたかは別にして)である。『日本の神学』や『宗教研究』に書評として取りあげられるということは、単なる「名誉」(?)ではなく、実質的な意味を持ちつつあるのである。
 学会誌はさまざま世代に応じて、会員にとってそれなりの意味を持つ得るのであり、それだけに学会誌の充実は、すべての学会員の関心事になるべきなのである。

 以上の機能を十分に果たすことができるように、これまでの学会誌編集委員会は努力してきたし、その努力は今後も続けられることになる。それがさまざまな変化となって表れることになるが、編集委員や事務局はもちろん、学会員の一人一人にも学会誌の今後のあり方にご注目いただきたい。
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