東アジアにおける思想交流の可能性

 東アジアは、その内部でそして外部と、古代からさまざまな交流を行って存在してきた。その中に、思想交流も存在し、古代の東アジア宗教史は、相互交流の歴史という枠組みで叙述されねばならないであろう。それは、その後の歴史的プロセスの中で一貫してそうだったのであり、近代以降もこの状況は変わりない。むしろ、近代以降、思想交流はさらに大きな意義を獲得し現代に至っている。ITによる促進も加わって、東アジアの思想交流はますます盛んであり、それはキリスト教関連の分野でも顕著である。
 こうした状況を、近代の文脈で論じる著作が刊行されたので、紹介したい。

高坂史朗
『東アジアの思想対話』
ぺりかん社、2014年12月。

I 東アジア比較思想史の試み
第一章 東アジアという概念──地域概念・政治概念・文化概念
第二章 歴史観の相剋──「近代」をめぐって
第三章 方法としての比較──和魂洋才・東道西器・中体西用
第四章 Deus・天主・でうす・하느님──東アジアにおけるキリスト教受容
第五章 地動説の受容と思惟構造の変容──志筑忠雄『暦象新書』・『坤輿全図』・洪大容
第六章 儒教とPhilosophyの葛藤──東アジアの思惟構造と特性

II 近代日本の哲学と東アジア
第七章 新しい世界を求めて──西周とオランダとの出会い
第八章 儒教から哲学へ──論理と体系を模索して
第九章 東洋と西洋の統合──明治の哲学者たちが求めたもの
第十章 種の論理と世界史的立場──一九三〇年代京都学派の位置
第十一章 植民地帝国大学に立つ哲学者──京城帝国大学と台北帝国大学の思想的意義
第十二章 内在的超越としての大乗仏教──場所的論理と東アジアの宗教

III 日本思想史の視座
第十三章 日本文化論の方法と対象──純化・包摂、空間・時間
第十四章 日本文化を語ることのアポリア──独自性・世界性・閉鎖性・相互性
第十五章 対話と創造──東アジアの中の日本哲学



初出一覧
あとがき

人名索引
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Translation(自動翻訳)
FC2カウンター
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR