矢内原研究メモ

 今年度は矢内原のテキストによる演習を行い、また講演でも矢内原を取り上げることがあった。おそらくは、この年度中に矢内原をテーマとする論文を執筆することになると思われる。いくつかの考えられるポイントが設定できる。

・内村鑑三との連続性あるいは比較
 矢内原の戦争論=非戦論は、内村のそれを受け継いだものであり、内村からの継承はさまざまな議論の線で確認できる(当然のことではあるが)。しかし、そこにいくつかの相違を見出すことが可能であり、そこから矢内原の特徴を取り出すこともできるように思われる。特に、体系的な理論の構築への志向性という点で、矢内原が独自の論理を有していることは注目すべきであろう。
 内村との相違には、両者の状況の相違が問題になる。東京帝国大学という学問的場で思索する矢内原、1930年代から40年代という時代状況の問題などである。今回の論文を機会に、内村の非戦論に内在していた問題点が矢内原でどのようになっているのかを、論じてみたい。

・矢内原忠雄における思想展開
 矢内原の戦争をめぐる議論は、1930年代から40年代の状況を反映している。とすれば、それが戦後どのようになったのかが、問題になる。そして戦後の論から振り返って、戦前・戦中の議論の意味を再解釈することが必要になる。矢内原における一貫したものが何かが浮かび上がるものと思われる。

・矢内原の科学技術論
 矢内原は、晩年に科学技術をめぐる論考を集中的に残している。この議論が矢内原の思想の中でどのように位置を占めるかは、矢内原を理解する上で興味深いテーマ設定であろう。学者・研究者・科学者としての矢内原という、問題であり、これが教育者として矢内原、さらには宗教者としての矢内原に関わってくるという見通しである。

 以上、いくつかの論点が挙げられるとして、これらをどのようにして、一つの論としてまとめるかがここ数ヶ月の課題となる(もうひとつ別テーマの論文を平行して仕上げる必要があるが)。
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