『図書』から

『図書』2015.2が届きました。
 わたくしは、本ブログでも紹介する、雑誌や新聞を見る機会が多いのですが(中には定期購読しているものもある)、雑誌の情報は、Webからの情報とは違った質で感じられることがある。Webは情報の広がりとスピードが大切であるが、雑誌の場合は、自分のペースでゆっくり読めるといった感覚(一日の仕事の前に、コーヒーを飲みながら・・・)であり、それがピッタリの記事がある。
 今回紹介は、『図書』であるが、「『エセー』は「口述」から始まったのか」(宮下志朗)もなかなか面白い内容であったが、ここで触れておきたいのは、次の文章である。

杉田敦「秘密の秘密」

「秘密の二つある。その内容が知られてしまえば、それで終わりになる秘密。・・それを知っても、どうにもならない」(秘密)。
「秘密をもてない社会は息苦しい。・・・しかし、秘密が多すぎると社会は死ぬ。・・・行き過ぎた秘密は人びとをばらばらにしてしまう。」

「・・・政府が意図的に隠す秘密などまだまだ甘い。秘密であることそのものを目ざす秘密。秘密の、秘密による、秘密のための秘密。」

「不気味な秘密の秘密に迫り、明るみに出そう。そもなければ、秘密は私たちの空間を覆いつくしてしまうだろう。」

 政府が特定秘密として秘匿しようとする秘密が問題になっている。また、わたしたちが政府やマスコミなどから守ろうとする秘密がある。ここに暗号技術をめぐるせめぎ合いがある。確かに、秘密は、人間の核心に属している。キリスト教的には、ここで問われるのが、神と自己の良心である。
 わたくしの秘密、もちろん、それは秘密である。秘密であることも秘密であり、それは公とは別の時空に属している。思想とはこうした領域を必要とするように思われる。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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