キリスト教思想と道教・仏教

 キリスト教と他宗教との比較は、すでに多くの研究が存在し、特に、日本でも仏教、儒教、道教などのいわゆる東洋思想との比較研究はかなり盛んであると言ってよいであろう。わたくしの専門との関係でも、次の文献はその典型である。

・Insik Choi,
Die taologische Frage nach Gott.Paul Tillichs philosophischer Gottesbegriff des »Seins-Selbst« und sprachliche Verantwortung des Glaubens in Begegnung mit dem Taogedanken Laotzus,
Peter Lang, 1991.

・Kin Ming Au,
Paul Tillich and Chu Hsi. A Comparison of Their Views of Human Condition,
Peter Lang, 2002.

 わたくし自身は、こうした研究領域に積極的に踏み込む余裕がなく、これまで、研究を進めてきたが、現在進めつつある翻訳作業(シュスラー編の論集の共訳)の関係で、老荘思想とナーガールジュナの関する論文を読むことになった。この論集では、ウィトゲンシュタインについての論考が、この老荘思想・ナーガールジュナについての論文の直前に置かれており、わたくしは、この両方の翻訳担当である関係で、ウィトゲンシュタインに続いて道教・仏教を読まざるを得なくなったわけである。
 しかし、ウィトゲンシュタインとナーガールジュナという組み合わせは、決して偶然ではなく、すでに一定の議論の蓄積があるテーマであり、こうした議論も含めれば、キリスト教思想と東洋思想といった研究も面白い展開が可能なもしれない。
 なお、ウィトゲンシュタインとナーガールジュナは次の星川さんの論考を参照。

星川啓慈「宗教の真理は語ることができるのか──ウィトゲンシュタインとナーガールジュナ」(『宗教と〈他〉なるもの──言語とリアリティをめぐる考察』春秋社、2011年、141-164頁)。
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