リクールのカント論(4)

リクールのカント論における「表象」の議論について、要点を抜き書きします。「宗教的象徴」の存在理由(哲学的な)が明確になるなど、注目すべき論点(なぜヘーゲルではなく、カントなのか、とか)が多く存在します。が、今回は、抜き書きにとどまります。本格的なコメントには時間不足のためです。

表象
「第二編のテーマ」「悪の原理を戦う善の原理の表象である」(23)
「人間の心の中で争う諸力として実体として表象」、「この実存的争いに、超人的な争いを表象することを通して以外には、直接近づけないように思われる。」
「このように実体化することが、宗教を哲学の他者とする」
「義認論を争点とする巨人どうしの戦い」「義認は宗教改革者たちによって増幅された、パウロ神学が神の主権の問題系の中心に位置づけているテーマ」(24)
「哲学的解釈学にとり課題は二つある」。「哲学的反省にとっての他者を宗教的表象において実際に認識すること」、「その表象に、反省から派生されえなくとも、反省と一致しうるような解釈を与えること」
「哲学の他者とは、キリスト教の伝統では、キリスト像である」
   ↓
第二編:「カントのキリスト論」
「キリストは、神に嘉される人間の理念として、すぐれて善の原理の表現である」(25)
「史的イエスには何の関心も示さない。「理念」あるいは「理想」として立てられた信仰のキリストだけが、哲学的に重要」
「理念のほうが私たちのうちに住むようになった」「人間本性がこの理念に対して感受性をもちえたことからして、私たちには理解できない」「経験の実例は必要でなく、この理念は立派な手本として、私たちの理性に含まれているのである」(26)
   ↓
・哲学の問題
「この理念を」「最高善の主題系と結びつけるような解釈を要求」、「超越論的機能の観点からではなく」「自由を活性化させるその能力の観点から」(26)
「原像という観念」「われわれの道徳的体質の中に記入されている原像の他性とそれが良識ある意志の自律という哲学的原則との可能な一致とが同時に尊重される」
「類推の図式論」:「超感性的性質を理解するためには、私たちはつねに自然存在者との特定の類推を必要とする」(27)。
「関係の類比」「類似物(アナロゴン)と類推されるものとの間にいかなる類似も設定されない」。
「神人同形論とは、類推の図式論を(認識の拡張のための)対象存在の図式論」「に変えてしまうことひほかならない」(28)
・退けられる二つの解釈:
「歴史的出来事として扱うこと」
「ヘーゲルのような解釈」:「絶対者自身の反省的契機ではなく、実践的理想として」
    ↓
「実践理性は宗教的象徴を必要としない」、「根源悪の告白と善の原理の勝利へ信頼との間の媒介を指示するために、宗教的象徴が必要なのである。」
「キリスト像は単なる義務の英雄以上、絶対者自身の現実のケノーシス以下のものを表象する」、「真正の希望の図式論の表象」
・「表象から信仰への移行」:「キリスト論に関係づけられる贖罪理論の批判的再開」
「人間というものは善をなすことはできず、他方で再生は新しい性質を確立することである、という逆説」
「恵みの「余剰」という観念」(29)
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