キリスト教学概論講義より2

 キリスト教学概論講義について、もう少し、わたくしの考えを述べてみたい。「概論」講義とは、どの専門領域でも、まず最初にカリキュラムの冒頭に設定される科目であり、基礎中の基礎という位置づけになる。この点で、入門という意味を有することは当然であるが、しかし、「概論」はいわゆる初歩ではない。これは、京都大学に赴任する前にお世話になった大阪市立大学で、神野慧一郎先生がおっしゃっていたことであるが、概論はその学科の教授が担当すべきものであり、助教授や講師にまさせるべきものではない、と。概論はその専門領域のいわば看板講義であり、もっとも学識が問われる講義であるという趣旨と思われる。基本的に、わたくしも、この意見に賛成であり、それなりの理由もなく、主任教授以外の者が概論講義を担当することは正しくないと考える。その点、特殊講義や演習は別である。

 こうした基本性格を有するキリスト教学概論であるが、わたくしは、キリスト教に関する学問としての、「神学」「宗教哲学」「現代宗教学」の全般について、それぞれの基本的な研究のあり方・状況を説明し、合わせてキリスト教という研究対象についての理解を深める、ということを心がけている。その際に重要なのは、順序である。わたくしは、まず「現代宗教学」の方法論におけるキリスト教研究からスタートし、次にキリスト教思想(神学的また宗教哲学的)へと進むという順序を採用しており、それぞれに半期に授業を当てていた。たまたまセメスター制にぴったり合致することになり、キリスト教学概論はスムーズにセメスター制へと移行できた。なぜ、この順序であるかと言えば、それは、受講者である日本人学生が、キリスト教についてきわめて限定的で表層的な知識しかもっていない(多くの誤解を有している)という認識に基づいている。まず、宗教現象としてのキリスト教についての議論から入るのが、日本の大学におけるキリスト教学概論に相応しい順序であるという考えであり、この考えは、概論を担当するようになった当初からわかりない。
 もちろん、大枠は動いていないとはいえ、内容はさまざまな試み・工夫によって多様化している。わたくしは、単著あるいは共著で、概論講義を念頭においた教科書を執筆してきたが、内容的には多くの主題を取り扱い、これらを組み合わせることによって、数年サイクルの概論講義が可能な形になっている。たとえば、次の文献である。

『宗教学のエッセンス──宗教・呪術・科学』北樹出版、1993年。
『現代を生きるキリスト教──もうひとつの道から』教文館、2000年(改訂新版、2004年)。
『キリスト教と現代──終末思想の歴史的展開』世界思想社、2001年。
『科学時代を生きる宗教──過去と現在、そして未来へ』北樹出版、2004年。
『比較宗教学への招待──東アジアの視点から』晃洋書房、20006年。

 そろそろ新しい教科書を企画しようかと、この数年来考えてきているが、どうだろうか。

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