矢内原忠雄から(1)

 久しぶりに、矢内原のテキストを取り上げます。今年度の前期の演習で読んだものです。番号は付け直しました。要点の抜き書きを行います。
 今回は、次のテキストのまず前半部分です。

「前十年と後十年」(『国家の理想』岩波書店、1982年、393-411頁)
1940年4月29日、大阪にて、内村鑑三昇天10年記念講演会
『嘉信』に、1940年6月掲載


(エピソード、思い出)
「大変先生を畏れてをりました」、「未だキリストを信ぜずして此の世を去つた親は死んでから救はれる」(393)
「「僕にも解らんよ」」「「君自身が信仰を続けなければいけないよ」」
「問題は残つておりますが、苦にならなくなつてゐる」(394)
「時代が変る、変り目であります」
「年々繰返す記念講演会は、今回を以て最後として」(395)


(前十年、内村鑑三没後10年がたって)
「人類は幸福に向にませんでした」、「物資は欠乏しました、道徳は頽廃しました、国家は解体しました」(396)
「何と汚い言葉ではありませんか。主義主張によらずして、抱合つて挙国一致を続けると」
「信仰及び言論に対する圧迫、之も亦内村鑑三の知らなかつた圧迫が、最近我々の国の状態である」(397)


(現代の問題状況)
「現代の悩みは、第一に社会と個人との関係であります。第二に国際間の新秩序といふ問題であります」、「わが国於て近来個人主義・自由主義を批難し排斥する声が随分高い」、
「個人主義」、「「個人」なるものは、人類は長い歴史かかりまして」、「人類の歴史に於て発見せられたる真理」「啓示せられた真理」
「イエス」「一匹の羊」(398)
「之は大なる発見」「「個人主義」は時代と共に衰へるでせうけれども、「個人」は衰へることはありません」
「その「個人」の意義と価値を没却することは歴史の大なる逆転であります。反動であります。誤謬であります」
「「自由主義」は既に時代遅れでありませう。併し「自由」は決して時代遅れにはなりません」
「個人の発見は自由の発見であります」(399)
「この自由を失つてなるものか」
「権威を否定するといふ意味における自由主義は間違つてをります」、「奴隷の如く服従するか、或ひは自由人として服従するか」
「奴隷の服従は本当の社会を作りません」、「自由人の自由意思から出たところの服従にして、始めて動かない権威の尊重である」
「個人と言ひ社会といひ、共に神から出でて居るのであります。」(400)
「社会に於ける個人並びに自由の意味に対する認識が動揺してをるのです」「之が時代の悩み」
「第二の国際的新秩序」「何人も本当のところ自信がないのであります」、「之が時代を不安ならしめて居る一つの大きな原因です」
「国際間の秩序をば、ただ国と国との間にだけ眺めてゐう間は、解決の途はない。凡ての国々は神の支配し給ふところである」(401)
「神の道を歩むならば、そこに始めて国と国とが交渉し合ふ共通の基礎が出来る」
「我々は之に対し隠遁的な生活態度をとる事は出来ない」(402)
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