日本キリスト教思想研究、方法論1

 日本キリスト教思想研究は、現在のわたくしの研究テーマの一つであり、本ブログともやや間接的ながら関係があります。今年の夏の研究成果の一つは、この10年以上取り組んできたこの研究テーマに一つの区切りを付けることが出来たことです。それは、刊行可能な形に、これまでの研究をまとめるという作業であり、その出版は現在、具体的な問題について検討中です。遠からず、何らかの仕方で刊行できるものと期待しています。

 さて、日本キリスト教思想研究を進めるに当たって、大きな問題の一つはその方法論をどのように確立するかという点にあり、少なくとも自分自身の研究方法を明確に反省することが求められます。こうした方法論的な作業を進める上でも、先行研究を十分に視野に入れることが求められます(これは、「研究」のいわば条件と言えるもので、研究レポートやエッセイとは区別される「研究」をめざすには、避けて通れない問題です)。
 この方法論を明確化する中で参照された先行研究について、本ブログを借りてまとめて紹介したいと思います。今回はその1回目です。

 わたくしの研究は、日本キリスト教思想を近代日本の文脈と同時にキリスト教思想自体の文脈に位置づけることを意識した方法論を目指していますが、たとえば、この立場を考える上で、参考になるのは、次の研究書(以前に紹介したことがあったでしょうか)でした。

近藤勝彦
『デモクラシーの神学思想──自由の伝統とプロテスタンティズム』
教文館、2000年。

はじめに

総論 自由の伝統とプロテスタンティズム──ウェーバー、セイバイン、カスパーの理解をめぐって

第Ⅰ部 一六世紀と一七世紀から
第一章 カルヴァンにおけるテオクラシーとデモクラシー
第二章 ミルトンにおける自由の問題と終末論
第三章 ジョン・ロックの寛容論における神学的構成

第Ⅱ部 二〇世紀のデモクラシーの神学思想
第一章 P・T・フーサイスにおける教会と国家
第二章 エルンスト・トレルチにおける「保守的デモクラシー」
第三章 トレルチとリンゼイ──宗教と政治の問題をめぐって
第四章 エーミル・ブルンナーにおける正義の神学と全体主義国家批判
第五章 ラインホールド・ニーバーにおけるデモクラシーの神学
第六章 宗教的寛容の宗教的根拠
第七章 終末論国家論と民主主義国家論
第八章 人権の神学──現代ドイツ・プロテスタント神学の場合

第Ⅲ部 日本におけるデモクラシーの神学思想
第一章 植村正久における国家と宗教
第二章 内村鑑三における再臨運動とデモクラシー批判の問題
第三章 吉野作造におけるデモクラシーとキリスト教
第四章 南原繁における「価値併行論」と宗教的神性

終章 近代化の曖昧さとモダンの神学的更新──日本の社会と教会の視点から

初出一覧
あとがき
人名索引

 日本キリスト教思想を扱っているのは第Ⅲ部であるが、それまでの議論の文脈において日本キリスト教思想が論じられるという形態・構想になっていることは興味深い。国家(デモクラシー)と宗教(キリスト教)という問題設定も重要である。比較的大部な大きさの論集で多くの思想が論じられているわけであるが、もちろん、不足を論じたら切りがないし、それは必ずしも適切な指摘ではない。しかし、研究方法論という議論は、よりそれ自体と掘りさげられ論じられる必要があり、この研究論集を先行研究とすることによって、追求すべき問題と言わねばならない。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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