本日、宗教倫理学会・第16回学術大会開催

本日、宗教倫理学会・第16回学術大会が、JR京都駅に隣接のキャンパスプラザ京都で開催されます。以下、概要の紹介をいたします。

第16回 学術大会
日 時:2015年10月3日(土)
場 所 :キャンパスプラザ京都
大会テーマ: 「現代社会における生命倫理と宗教」

 宗教倫理学会では、毎年度、研究テーマを設定し、毎月一回の研究会を積み上げて、学術大会へとつなげるという方式をとっています。今回の大会テーマは、2015年度の研究テーマに対応します。
 午前中は、会員個人の研究発表、午後は全体のプログラムという点は、学術大会を1日で行う場合のかなり共通のやり方です。午後の全体のプログラムは以下のようになっています。

【午後】公開講演・シンポジウム(14:00-16:40 於:第1会議室)
14:00~15:00 公開講演:カール ベッカー(京都大学こころの未来研究センター教授)
   「西洋の生命倫理は日本人の死生観に合うのか?」
15:10~16:40 シンポジウム
 パネリスト:C.ベッカー(京都大学)、小原 克博(同志社大学)、宮本要太郎(関西大学)
 司会:高田 信良(龍谷大学)

公開講演「西洋の生命倫理は日本人の死生観に合うのか?」の要旨は以下の通り。

 「西洋の生命倫理」や「日本人の死生観」は一概に語れるものではないので、本発表ではそれぞれの傾向や一般的な言説について語ることにならざるをえない。とはいえ、宗教的・文化的な違いについて多少論じることは無意味ではなかろう。なお、生命倫理と言う場合は、棚次正和先生・鎌田東二先生等が考えるスピリチュアル(霊性的)な次元のものではなく、現世界の物理的な行動に関する社会的規範を意味するのである。従って、本発表では、霊性的本質からではなく、あくまでも文化的心理や社会行動論という意味の観点から「宗教」を論じることに限定したい。
 まず、広義の「宗教」と、生命倫理におけるその歴史的役割を紹介する。次に、アメリカのメディアでの言説や、ビーシャン等による「生命倫理4原則」を事例として取り上げ、日本的な見地からその盲点を批評したい。
 引き続き、日本の地理的条件から生まれた「日本人の死生観」の事例を取り上げ、検討したい。
 最後に、上記の批評や死生観を糸口として、日本における生命倫理に関しても示唆的に言及し、宗教学者や倫理学者の役割についても一緒に考えて見たいと想う。

 公開講演、シンポジウムは一般の方々にも、広く開かれたものです。関心のある方は、ご出席下さい。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Translation(自動翻訳)
FC2カウンター
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR