宗教研究と教科書

 多くの日本人にとって、「宗教」は日常性の背後に隠れてしまっており、宗教についての知識・情報をもたらすものとして、重要な位置を占めているのは、マスコミであり、情報源として期待されるのは、「教科書」であろう。しかし、日本の公教育(大学以前の)の教科書はその役割を十分に果たしているだろうか。

 昨日(10月17日)、南山宗教文化研究所で、「科学と宗教の対話」プロジェクトの研究会( 「科学と宗教」関係論について教科書を作るというプロジェクト)が開催された。テーマは、日本の教科書における「宗教」である。講師は、この研究分野をリードしている、東京大学の藤原聖子さんである。以下、紹介と感想を掲載。

藤原聖子:日本の中等教育の教科書において「宗教」はどのように扱われているか

 日本の公教育での「宗教」の扱いは、宗教を現在も生きている「宗教」としては、扱っていない。歴史的過去の思想を学ぶ、最近は、平和と環境という点で役に立つものとしてステレオタイプ化され序列化された扱い。テロ、民族対立などとの関わりを論じる場合は、固有名を示さない抽象化一般化される。生命倫理などに関連しては問題にされない。
 こうした日本の教科書での宗教の扱いは、イギリスの教科書とは著しく相違している。

 以下感想。
・日本は19世紀型の欧米の近代が欧米諸国で相対化された後になおも、保持されている。(日本の医療はその類似例)。思想家 「科学と宗教」関係論について教科書を作るというプロジェクトは宗教を正面から扱わないのが、学的と思い込んでいる。

・教科書を決めるのはだれか、日本におけるあるべき宗教教育、教科書をいかに作り出す。この際に、宗教学、宗教研究者の役割は何か。
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