日本キリスト教思想史研究、背景1

 日本キリスト教思想研究が、現在問われている背景について、論じてみたい。
 まず、強調したいのは、日本キリスト教を思想として問う際に必要な資料が、現在急速に失われつつあることである。日本キリスト教研究は、まさに日本の研究者こそが行うべき研究対象であるが、その基盤となるべき、重要な資料が消滅しつつあることは憂慮すべき事態である。
 もちろん、将来的に消滅を免れて保存される資料によってもそれなりに精密な研究は可能かもしれない。しかし、今であれば、保存できるかもしれない資料が消滅することは、研究にとって大きな損失であり、研究の内実・水準に関わる問題となることは容易に想像可能だろう。

 先日の朝日デジタル(2015年10月24日12時39分)に次のように記事が掲載された。
「長崎のかくれキリシタン信仰、存続危機 人口減・高齢化」
以下、一部転載。

「長崎県平戸市の生月島で今月、かくれキリシタンの信者組織「垣内(かきうち)」が一つ、解散した。禁教をくぐり抜け、450年伝えられた信仰は、地域の人口減少と高齢化で風前のともしびだ。
・・・
16人は上川(かみがわ)垣内に所属するかくれキリシタンの信者たち。この日、解散する垣内が守ってきた信仰用具を博物館に寄贈しに来た。
・・・」

 こうした資料の喪失は、さまざまな領域に及んでいる。キリスト教思想との関わりで、貴重なものの一つは、先の太平洋戦争の前後、そして中における、日本キリスト教についての資料、特に証言者の記憶である。何がどうしてそうなったのか、それはどのように了解されてのか。
 日本キリスト教思想研究に求められているのは、こうした一次資料の収集・保存に即応した研究態勢の整備なのである。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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