ハーバーマス3

 1990年代以降のハーバーマスの宗教論と言えば、当然、取り上げられるのが、次の書である。本ブログでも一度取り上げたことがあったかとも思うが(本ブログ前かもしれない)、再度、紹介したい。
 この数日来、フランスの同時多発テロの悲報が、世界を駆け巡っている。この状況が、1990年代以降の宗教的状況であり、それまでの多元性・複数性をめぐる議論が、大きく見直されることになるのは、この文脈である。本来、ラッツィンガーとハーバーマスの対論は、この中に位置するものである。同じテロでも、いわゆる先進国のそれと、そうでない非欧米圏でのそれとは、扱いがまったくことなるというマスコミのダブルスタンダードは今に始まったわけではないが、1990年代以降の東西冷戦の終結と同時多発テロ時代の到来は、複数性についての議論に対して質的に異なる局面を浮かび上がらせた。他方で、欧米でも、世俗化時代の宗教論では新しい宗教動向を理解できないという問題意識は明確になり、この対論が取り上げる「ポスト世俗化時代」とは、こうした状況に対する名称にほかならない。

ユルゲン・ハーバーマス、ヨーゼフ・ラッツィンガー
『ポスト世俗化時代の哲学と宗教』
岩波書店、2007年。

まえがき (フロリアン・シュラー)

民主主義的法治国家における政治以前の基盤 (ユルゲン・ハーバーマス)
 1 世俗化された立憲国家の、実践理性を源泉とした基礎づけ
 2 国家公民の連帯はどのようにして再生産されうるか
 3 社会的な紐帯が切れてしまうならば
   付論
 4 二重で相互補完的な学習過程としての世俗化
 5 信仰を持った市民と世俗化された市民がどのように交流したらよいのか

世界を統べているもの──自由な国家における政治以前の道徳的基盤 (ヨーゼフ・ラッツィンガー)
 1 権力と法
 2 権力の新たな形態、その抑制に関する新たな問い
 3 法の前提──法-自然-理性
 4 異文化対話とその帰するところ
 5 結論

著者について

<訳者解説>
 変貌するカトリック教会とディスクルス倫理 (三島憲一)

訳者あとがき

 その後、ラッツインガー枢機卿は教皇に選出され、さらに現在の教皇フランチェスコへとカトリック教会は動いた。日本は、日本のキリスト教研究は、こうした激しく動く動向をいかに捉えてきたのか。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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