アガンベン・メモ5

本日の集中講義では、資料の中に、アガンベンをかなり入れてはありますが、実際には時間の関係などで、軽く扱うにとどまるでしょう。このメモはもう少し続けます。

ジョルジョ・アガンベン『いと高き貧しさ──修道院規則と生の形式』みすず書房。
「I  規則と生」「3 俗世からの逃亡と創意」

「修道院の規則には法律的文書と見なしうる面もある。が、それは民法や刑法ではなく、公法に関連する」、「「政治的な」共同体」「の創立文書/会憲と見ることができる」、「規則の公法的性質の基となっているのは、アレクサンドリアのフィロンが考え出し、アンブロシウスがさらに発展させた、信仰者共同体をいわば創設するプロセスとしての"fuga saeculi"[俗世からの逃亡]という教義であった」、「避難所または逃れの場所」(65)
「逃亡は、逃れの者ないし逃亡者が、それぞれが「政治的な」創憲の力である六つの町」「を経由していくプロセスとして理解される。」(66)
「逃亡は逆説的に「典礼」であって、公的寄与をおこなうものと見られており、それをつうじて逃亡者たちは祭司たちと等し並みにあつかわれる。」
「俗世からの逃亡というテーマに特別な方向性を与えること」、「おこでは、放棄と禁欲主義が祭司職の行使に、すなわち公的実践に固く結びついている」(67)
「修道院制度にとって重要な創憲の力となっている世俗からの逃亡のテーマは、逃れる者が共同体の真の司式者として立ち現れる教会的実践の行使と密着する。」(68)
「修道士の世俗からの逃亡が新しい共同体と新しい創設としてとらえられるようになりえたのは、これを基盤としてのこと」
「逃亡を創憲的な政治的原理とすること」「ギリシア哲学において確固たるものとなっていた伝統」「「世俗からの逃亡」はまずもっては政治的な所作であり、フィロンそしてアンブロシウスにおいては新しい共同体の創設に水戸市意ものなのであった。」(69)
「パクトゥム(Pactum[協定/契約])」「二者間の協定または契約として成り立っている」、「文書を交わし、相互の義務を定めることによって共同体を創設し規制する。」(70)
「修道院長の統治権への修道士たちのこの服従」「正義と平等にもとづいて統治しなければならないという修道院長の義務」(71)
「協約は」「修道院と設立と同一視される」(72)
「パクトゥム」「社会契約のおすらくは最初の唯一の例」「ここでは修道士たちの従順の義務には修道院長側の正義をもって統治する義務が対応している」、「パクトゥムはなんとしても個人的な契約に同化されてしまうことはありえないということであり」「もろもろの規則を全体として修道院共同体の真に創憲文書」「として見ることを可能にしていること」(73)
「生と法律の関係の新しいとらえ方」「それは遵守と適用、違反と履行という概念そのものを疑問に付すのである」、「有罪案件の一覧というよりもは、不徳の目録に似ている」(74)「トマス・アクィナス」「どの修道院でも、慎重に修道士たちは規則を守るとは誓約せず、規則に従って生きると誓約している」、「約束の対象は」「主体の"form vivendi"[生き方/生きる形式]そのものなのだ」(76)
「スアレス」「修道誓願の宣立にみられる独特な性格は、ある一定の人間的行為ではなく、拘束/義務づけ自体を対象とする拘束/義務づけというパラドクシカルな携帯を帯びる」(76)
「誓いの誓い」(77)
「拘束のパラドックス」「誓いは法律の形式をとっているがその内容はなく、カントの定言命法のように、神に身を捧げる者の意志自体のほかに直接的にはなんらの対象ももたないのだ」、「身を捧げる者(devotus)が神々に自らの体と生命を奉献する異教の封建(devotio)とは異なって、キリスト者の誓いは、いわば、対象的には空虚であり、意志のいちにひとつのハビトゥス[習慣/身につけた生き方]が生み出される以外の内容はない」、「共同生活のあるひとつの形式(または、典礼の観点からは、ある一定の"officium"[聖務]とある一定の"religio"[神への縛り]の実現)」(78)
「規則において問題となっている生の形式はコイノス・ビオス、共同の生である」、「修道士と規則の関係について問うときには、ある規則に言及することは共同体と習慣を必然的に含意しているため、規則に私的な仕方で従うことは不可能であるというウィトゲンシュタインの指摘を忘れてはいけない」(79)
「規則に私的に従うことはできない」(80)
「規則はコエノスビオス[共住修道院]からこそ生まれてくるように思われるのであって、近代の公法のことばを借りるならば、コエノスビオスは規則に対して、憲法を制定する権力が憲法の文面に対して有しているのと同じような関係に立っている」、「コエノスビオスはおそらく「生の共同体」そのものが無条件にあらゆる意味において創憲的な要素として主張される場所なのだ」(80)
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