クリスマスに想う

 昨日は、多くのキリスト教会でクリスマス礼拝が行われた。わたくしも、所属の教会でクリスマス礼拝に出席し、その後も、クリスマスを祝う行事に参加した(住居と教会がかなりはなれており、通常はなかなか教会の活動に参加できずにいる)。
 今回、ほぼ半日を教会で過ごし、また、例年クリスマスに合わせて刊行される文集(かなり立派な冊子)を読みながら、さまざまなことを感じた。

日本基督球団
奈良高畑教会
『羊群』第52号
2015.12.20。 

 今回の文集には、「各地の便り」のコーナーがあり、懐かしい人々の消息や便りが紹介されていた。
 この一年、さまざまな問題・トラブルに遭遇する中で、しばしば感じたのは、これに一人で立ち向かうといういわば「孤立の感覚」である(実際はそうではないわけであるが)。しかし、今年のクリスマスに意を強くしたのは、わたしたちが、多くの人々の支え合い・ネットワーク(教会的には交わり)において、現に生きており、それが宗教的生の体験的な基盤をなしているということである。「一人のようで、実は一人ではない」ということは理論的には自明なことであるが、それがいかに生きられるかがポイントなわけである。

 本ブログでは、最近、アガンベン・メモを連続して掲載してきているが、そのポイントである「生の形式」は、「共住」が産み出したものであり、このクリスマスの実感と重なりあっていると言ってよいだろう。

 クリスマスとは、このような時である。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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