日本哲学とキリスト教

 本ブログでは日本のキリスト教思想について、自然神学の拡張という視点から取り上げてきた。日本のキリスト教思想は、その形成と展開過程において、日本哲学と同じ状況を共有しており、本来、それを視野に入れた研究が行われるべきあるものの、こうした点についての研究はまだまだ十分なものではなく、とくに方法論的な考察はあまりにも不十分である。

 今回紹介するのは、日本哲学の研究動向を確認する上で有益な研究雑誌である。

日本哲学史フォーラム
『日本の哲学』第16号
昭和堂、2015年。

 本号では、特集「ドイツ哲学と日本の哲学」が企画され、巻頭エッセー「明治期日本におけるドイツ哲学の選択」(加藤尚武)のほかに、次の論考が収められている。

・日本におけるハイデッガー受容の一局面──西田のハイデッガー批判をてがかりにして (嶺英樹)
・「自由」をめぐる西田とヘーゲル (高山守)
・時の逆流について──田辺哲学における時間の媒介構造 (田口茂)
・近代日本の認識論史とカント哲学 (大橋容一郎)
・日本におけるマルクス主義受容の特殊性と主体性論争の意義 (平子友長)

 これらのほかに関連するものとして、「他者・死者と場所──西田・田辺の哲学と現代」(末木文美士)が収録されている。
 また、以上の論考に加え、4本の書評論文が掲載され、充実した研究雑誌となっている。

 とくに、日本キリスト教思想史との関わりで興味深いのは、巻頭エッセーにある「ドイツ哲学の選択」という問題である。日本のキリスト教思想においても、英米神学に対して、ドイツ神学が選択されたというべき事態を指摘することが可能であり、ドイツ哲学、ドイツ神学の選択は、近代日本の知的状況、さらには近代日本を理解する上で重要な視点になるものと思われる。ほかの点に関しても、加藤巻頭エッセーは刺激的な論考である。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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