科学技術の問題

 本ブログでは、自然神学の拡張として観点から、科学技術に関して議論を行ったきたが、本日の「朝日デジタル」「WebRonza」に祖も園先生に次の記事が掲載されたので、紹介します。

「いのちをつくりかえるのを思いとどまる」
科学技術の統御という難題に、日本文化に根ざした哲学的考察が貢献できるはずだ
島薗進

<冒頭部分・転載>
科学技術の進歩は制御できるか?

 SF風「悪夢の未来」は「単なるおとぎ話」か? 科学技術がどんどん発達し、これまで想像もしなかったようなことができるようになる。では、その技術を何のために使うのか。また、どう使うのか。結局、人類は使いこなせないのではないか。どんな破局が待っているのかーー。

 1989年に世を去る直前まで手塚治虫が書き続けた、未完の「ネオ・ファウスト」はそんな筋立てだった。イギリスの作家、オルダス・ハクスリーの1932年の小説、「すばらしい新世界」もそうだ。もしほんとうにそうなるなら、科学技術の進歩を制御しなくてはならない。でも、それってできるの?

 「しっかり使い方を考えなくては」「今こそ知恵が必要だ」、そう考える人たちはいる。警告は発せられている。だが、ようやく大きな声になろうとする時には、もうその技術はどんどん使われてしまっている。
・・・
 核兵器を作リ出さなかったら、原子力発電も始まらなかったのではないか。知恵を働かせて、多くの人の生命を瞬時に奪い、健康を害する大量放射線被ばくにつながる核分裂エネルギーの使用を思いとどまることもできたのではないか。百年後の人類がそう考える可能性はかなり高いと思う。
・・・」
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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