釜山から帰って

 年度末の込み入ったスケジュールの合間をぬって、韓国の釜山を訪れ、昨日夜に帰国しました。
 かなり久しぶりの釜山で、まずは、さまざまな町の変化に驚きました。韓国第二の都市は、大きく変貌しつつあります。ソウルに比べると、教会はそれほど目立たないとも言えますが、しかし、町のあちらこちらに多くの教会を確認することができました。空港から市内に行く途中で、まず、釜山永楽教会(長老派)の建物が目に入り、宿泊ホテルの窓からも、教会が見えました。

 今回の釜山訪問で、印象に残ったのは、「甘川文化村」です。甘川村は、釜山近郊の小高い山(丘)に位置していますが、20世紀末頃までは、釜山市のスラム街という位置づけて、生活はきわめて不便であり(丘の上の方には、墓地が残り、朝鮮戦争時には避難民が居住。細い込み入った登り道、当時は井戸は一つあるだけ、小学校もない)、治安の不安もあった地域です。多くの都市では、こうしたスラム街は再開発の対象となり、完全に撤去されその後に高層の建物が建てられることが普通です(ソウルの再開発ではそうした方式がとられています)。しかし、その場合、立ち退きを求められる住民と市当局との間に問題が発生し、大きな紛争となることがしばしばです。
 今回の甘川村の場合の特徴は、この甘川村を「文化村」として再生される試みがなされていることです。21世紀になって以降に、古い町並みを残し(1970年代以前の古き韓国)、映画のロケ地としたり、あるいは芸術家などに空き家を提供するなどして、村全体を明るい雰囲気に再生することに成功しました。今や、観光地となっています。

 以前には、釜山で、死者儀礼や教会の公共的活動についての調査を行いましたが、機会があれば、再度同じテーマで調査を行い、20年程度の間に起こった変化について分析を行いたいと思いました。
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