経済の神学7

 「経済の神学」の展開において、重要になるのは、グローバル化という歴史的プロセスの展開です。現代のグローバル化は少なくとも、近代的な世界システムの展開過程に位置するものであり、急に1980年代に始まったことではありません。では、1980年代に顕在化した(人類の日常的な意識に到達した)グローバル化とは何かと言えば、それは人間の活動の地球規模での相互依存性・相互連関という事態です。人間の活動がその負の側面において地球規模で繋がっていること、経済危機、環境危機、そして戦争が地球上ですべて相互に連動していることが、1980年代ごろからわたしたちが実感としてもつにいったことではなかったでしょうか。すでにわたしたちは、地球規模の負の連関の中に投げ込まれている、手の汚れていない人は一人もいない。これは、まさにキリスト教思想が原罪として問うてきた人間的現実にほかなりません。つまり、人類の共犯性の問題です。
 このように見てくると、「経済の神学」のキーワードの一つが「共犯」(complicity)であることも理解可能になります。
 すでに、本ブログで取り上げた文献に次のものがりますが、これらは、経済的共犯性からキリスト教倫理を問題にする点で、共通しています。

Albino Barrara,
Market Complicity and Christian Ethics,
Cambridge University Press, 2011.

Daniel K. Finn (ed.),
Distant Markets, Distant Harms. Economic Complicity & Christian Ethics,
Oxford University Press, 2014.

遠く離れた地域における危機に、わたしたちが実際に繋がっている、責任を負っているという感覚は、現代のキリスト教倫理を考える上で、重要な意味があります。しかし、それが、「世界の警察意識」に転落しない限りにおいてですが。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Translation(自動翻訳)
FC2カウンター
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR