新しい研究計画

 本ブログの直接関わる科研費による研究は、すでに3月末で終了しているが、すでにお伝えしたように、幸い、2016年度~18年度の期間で、次の科研費による研究が採択され、この形での研究はさらに継続することになった。それに合わせたブログを開設(あるいは改装)する際には、「研究の概要」のカテゴリに記事としてアップすることになるが、本ブログでは、「お知らせ」として、新しい科研費による研究題目、研究目的の一部を掲載したい。本ブログの延長線上にそれをさらに展開する研究計画であることが確認いただけるものと思われる。

<研究題目>
拡張された自然神学の具体化としての「科学技術の神学」─東アジアの文脈で─

<研究目的(概要)>
 これまで本研究の申請者は、現代の思想的状況におけるキリスト教思想の多様な動向を視野に入れつつ、社会科学(とくに、経済学と政治学)との関連で自然神学の理論的な再構築(拡張)を試みてきた。それは、自然神学が、古代以来、各時代の知的状況に即応しつつ、キリスト教思想と他の諸思想(諸科学)との創造的な関わり合いのために必要な理論的基盤の構築を担ってきたとの認識に基づいている。本研究は、先行研究によって理論的に拡張された自然神学を、現代の思想状況において、特に科学技術論と東アジアの文脈において具体化することをめざしている。それは環境や経済をめぐる現代の深刻な危機的状況に対して、宗教・キリスト教が蓄積してきた伝統的な知恵を、有意味な仕方で再提示するためであり、ここに本研究計画の独自性がある。

① 研究の学術的背景
 現代キリスト教思想は多岐にわたっており一見混沌とした様相を呈しているものの、この動向(特に1980 年代以降)を詳細に分析するとき、次の二つの中心問題を確認することができる。
1.キリスト教と科学技術(自然科学が担う近代的合理性と技術的革新)との関わり
2.多元的社会におけるキリスト教の課題・意義(公正・正義に対するキリスト教の寄与)
 現代のキリスト教思想をリードする思想家たちは、それぞれの思想的立場は異なるにもかかわらず、ほとんど例外なく、これらの問題を意識しつつ思索を進めている。これら二つの問題は相互に無関係に位置づけ得るものではなく、むしろ緊密な結びつきにおいて考察されねばならないことが、国内と海外を問わず、研究者の共通認識となりつつある。現代の科学技術の問題が社会的正義の問いと無関係であり得ないことは、環境と経済が分離不可能な問題群を構成していることからも、明らかである。特に、3・11の東日本大震災と原発事故以来、原子力発電に象徴される科学技術の問題状況は、それまでのキリスト教思想の楽観的な論調に大きな修正を迫っている。また、リーマン・ショック以来、キリスト教思想にとって、経済はこれまで以上に重大なテーマと意識されている。これまで本研究の申請者は、こうした現代キリスト教思想──もちろん、現代キリスト教思想だけではないが──が直面するこの問題状況に対して、伝統的な自然神学を社会科学との関わりにおいて再構築することによってアプローチすることを目指してきた。しかし、キリスト教自然神学の新たな構築という問題提起と、その具体化という本研究計画の課題については、いくつかの論点を説明する必要があるだろう。
 まず、本来自然神学とは、キリスト教神学と諸学問・諸科学との積極的な関わり合いの理論的基盤を、人間の自然的本性(知性あるいは理性)に基づいて構築する試みを意味しており、それは、通常理解されるような、自然現象(自然学・自然科学)から神の存在を推論するようなタイプの自然神学(西洋キリスト教において一つの伝統を形成している狭義の自然神学=キリスト教自然神学の一特殊形態)に限定されるべきものではない──これについては、過去に科研費補助金の交付を受けて行われた研究成果(芦名定道『自然神学再考』晃洋書房、2007 年)を参照──。したがって、自然神学を、自然科学との関連性という問題領域を超えて、社会科学や人文科学の領域にまで拡張することは、自然神学からの逸脱ではなく、むしろ、伝統的な自然神学自体の正当な発展を意味している。この点については、現代神学において自然神学をめぐる議論をリードするマクグラスも同様の指摘を行っている(本研究申請者は、マクグラスの著書『「自然」を神学する──キリスト教自然史学の新展開』教文館、2010 年、を共訳で翻訳刊行した)。
 第二の論点は、狭義の自然神学の範囲において、現代の問題状況との関わりで最も多くの議論がなれてきている環境論(キリスト教的環境倫理)自体が、社会科学(経済と政治)への議論の展開を要求していることである。環境論が現実的な有効性を獲得するためには、政治的経済的な諸問題との関連性を確保することが必要である。環境への取り組みは環境学の問題提起が示すように(たとえば、『岩波講座 地球環境学』全10 巻)、環境思想(哲学や宗教思想)を超えて経済学や政治学を包括する学的営みを要求する。自然神学とは、こうした学的営みの共通の場に位置しているのである。これは、平成22 年度から27 年度までの科研費による研究成果である。
 こうして自然神学の社会科学への拡張が理論的になされたわけであるが、次に問われるべきは、この拡張された自然神学を具体的な問題連関に即して提示し、この拡張理論の妥当性を検討することである。まさにこれが本研究計画の研究目的にほかならない。このために設定されるのが、拡張された自然神学によって科学技術の問題を論じるという課題(科学技術の神学)であり、現代の科学技術とそれを基調とする文明がキリスト教思想の観点からどのように批判的に分析構想されるかが問われねばならない。特に原子力問題や環境問題はその試金石となる。さらに、本研究は科学技術の神学を東アジアの文脈において具体的に論じる。『原子力とわたしたちの未来──韓国キリスト教の視点から』(『基督教思想』編、かんよう出版、2012 年)などからわかるように、日本、韓国、中国のキリスト教思想は、科学技術との関わりで共通課題を有しているのである。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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