思想研究の方法論について

 思想研究は、当然、人文学に属しているわけであるが、その方法論については、必ずしも十分な議論が行われてきたわけではない。しかし、最近の日本における「文系学部」をめぐる議論などを念頭に置くならば、思想研究についても、その方法論的反省は不可欠の課題と思われる。
 今回、最初に取り上げるのは、政治思想研究において現在注目のアガンベンの方法論をめぐる議論である。

ジョルジョ・アガンベン
『事物のしるし 方法について』
筑摩書房、2011年。

はしがき
第一章 パラダイムとはなにか
第二章 しるしの理論
第三章 哲学的考古学

新たなる方法序説 訳者あとがきにかえて (岡田温司)

文献
人名索引

 本書は、アガンベンが、フーコーと、ベンヤミンを念頭に、自らの方法を反省したものであり、アガンベンの思想を理解する上で、重要な手掛かりとなる。特に、「しるし」の問題は、アガンベンの政治思想において決定的な位置を占めているのもかかわらず、かなり理解が難しいものであり(アガンベンがまとまった理論的な説明を行っていないことに原因の一端がある)、この点が明確になることは、アガンベン理解に止まらず、20世紀の人文学を方法論的に深める上で有益である。

 ここまでは、アガンベンの話であるが、今回の記事の冒頭で述べた、日本における「文系学部」をめぐる問題状況は、それ自体として対応する必要があるように思われる。問題を整理する上で、まずは、次の文献を参照し、次にそれぞれの専門領域で議論を展開することが、望まれる。

吉見俊哉
『「文系学部廃止論」の衝撃』
集英社新書、2016年。

 明解な文献であり、特に解説などは必要ないものと思われるが、わたくしの印象に残った議論の一つは、「「文系知」のメソッド」についての指摘である。ゼミを通じて、論文を書くことで習得される「メソッド」は、筆者が主張するように、有益な文系知と言うべきものであり、たとえば、「先行研究の批判から分析枠組みの構築へ」は、まさに大学院教育で身につけるべき中心的事柄の一つであり、これが博士論文の執筆で大きくものをいうことになるのである。しかし、この点が必ずしも伝わりにくいのが、指導する側の悩みでもある。その点で、次の指摘はまったく同感である。

「そうした学生がしばしば弁明するのは、「私の研究対象は特殊なので、先行研究はほとんどありません」という主張です。しかし、こういう主張は、だいたいが不勉強か、あるいは先行研究とは何かをわかっていない証拠です。実際には、どれほど新しい研究対象であっても、その対象の枠を少し広げ、先行研究とは何かを深く考えるなら、先行研究は必ず存在するのです。」(219)
「どんな分野であっても必ず理論的なバックグランドがあり、その理論的な問題設定に対して多くの先人たちが思考をめぐらしてきたわけで、そうした先人たちの先行研究は読み尽くせないくらい存在するのです。」(220)

 わたくし自身の思想研究の方法論的な議論については、次の文献を参照。

芦名定道
『近代日本とキリスト教研究の可能性──二つの地平が交わるところにて』
三恵社、2016年。
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