社会脳研究の広がり

 本ブログでは、「脳科学とキリスト教思想」というテーマをめぐって文献紹介などを行いつつ、しばらく前から、社会脳研究について、議論を行ってきた(わたくしがこの議論に注目しはじめたのは、10年ほど前に遡るが、この議論は自然神学の拡張と具体化という流れの延長線上に位置する)。この広がりは、すでに苧阪直行編の「社会脳シリーズ」から十分に理解できるものと思われる。
 しかし、これまで本ブログで紹介した文献で、改めて内容を検討し直すと、実は社会脳に関わっていたことが確認できるものがあり、社会脳研究の広がりはさらにかなり広いことがわかる。
 今回、この実例として取り上げるのは、次の文献である。

山極寿一
『「サル化」する人間社会』
集英社インターナショナル、2014年。

 この著書は、刊行当時、著者が京都大学総長に就任したことと重なって話題となったものであるが、霊長類研究・ゴリラ研究(フィールド研究を方法論とする自然人類学)の現在の問題を知る上で、明晰で啓発的な内容である。特に、ゴリラとサルの鮮やかな対比と、その間に立つ人間という構図は、人間理解にとって示唆的である。
 その中で、社会脳に関わるのは、次の部分である。

「第六章 言語以前のコミュニケーションと社会性の進化」の中に、「言語の創成と社会脳の発達」という見出しの部分(節)があり、さらにその少し後の「脳の発達は集団規模に比例する」の見出しの節で、次のように言われている。

「イギリスの人類学者であるロビン・ダンバーは、「人間に限らず、霊長類の脳の発達は、集団規模に正比例する」という仮説を立てています。集団規模が大きくなれば、脳は大きくなるとダンバーは言います。脳が大きくなった理由は、社会的な複雑さに対応するためだ、と。つまり私たちの脳は「社会脳」だと主張しています。」(149)

 この文献で、「社会脳」に言及されるのは、以上の程度ではあるが、「社会脳」研究が、霊長類学・人類学という研究分野に具体的に及んでいることは、まさに注目すべき動向である。なぜなら、人類における宗教的行動・宗教行為・宗教的観念は、この同じ文脈に位置するからであり、人間の宗教性の土台は、個体的な脳ではなく、社会脳にあると言うべきだからである。
 ティリッヒが、『組織神学』(第三巻、1963年)の中で、宗教を精神的次元の現実化の段階に位置づけているのは、基本的に同じ事態に関わっていると、解釈できる。精神と歴史とは同一段階(進化の)の内的構造に属しており、これは「共同体」を基盤にするからである。
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