宗教哲学の役割

 宗教哲学を、宗教に関わる哲学的思惟という意味で解すれば、それは哲学の誕生にまで遡るものと言える。しかし、哲学諸学科の学的部門という仕方で、つまり、近代的な学問として宗教哲学を解するならば、それは、カント以降に限定することが妥当であり、わたくしは、基本的にはこの意味で宗教哲学を捉えることにしている。すると、宗教哲学は神学また経験科学としての宗教学とどのように区別されどのように関連づけられるのかが問題となる。この議論自体が宗教哲学のテーマになる。

 先に今年度の授業を紹介する中で(2日前の本ブログ)、今後のわたくしの中心的な研究テーマを「キリスト教思想と宗教哲学」として説明したが、現時点では、おおよそ、以下のようにその内容をイメージしている。(実は、「キリスト教思想と宗教哲学」というテーマには、わたくしがこれまで行ってきた諸研究のいわばすべてが合流することになり、決して端的な仕方で定式化するのは容易ではないわけであるが。)

・宗教哲学の思想的前提:「宗教思想史+哲学思想史」の全般。たとえば、19世紀には宗教哲学は一つの学科としての位置を確定しつつあるわけであるが、しかし、単純に単一の学として存在しているわけではなく、その背景には、宗教的な諸伝統が存在している。実際、キリスト教神学と西洋哲学とは、19世紀あるいは20世紀においても、相互に切り分けるのは容易ではない(あるいは、無理である)。

・宗教哲学の役割:科学に対する科学哲学の位置づけとの類比
研究基礎論、神学(プロレゴメナ)に対して方法論的基礎を与えるという役割。
そもそも、伝統的な自然神学はそのような役割を果たしてきたのであって、自然神学こそが、宗教哲学の原型とも言える。

・宗教思想基礎論としての宗教哲学:宗教の概念規定、近代世界における宗教の意義、宗教的多元性という三つの基礎的問題を、相互に連関づけて展開するのは、宗教哲学的作業になる。
 わたくしは、この作業を 『ティリッヒと現代宗教論』(北樹出版、1994年)において一度試みたことがある。

・方法論:宗教哲学的議論では、どうして何を根拠にいかなる手続きで、そのような議論が可能なのかが問題になる。
 この方法論が、十分に納得できる仕方において提出されていないということは、「宗教哲学」として提出される議論においてしばしば感じられる欠陥である。特に気になるのは、「現象学」という方法論の説明である。フッサール以上に明解な議論は少ないのではないか。説明にもならない説明が多く過ぎる。

・宗教哲学の各論あるいは特殊テーマ:悪・神義論、神と世界、宗教と文化、愛、言語、死、超越、人格、信仰、意味、歴史、物語、時間・永遠、真・善・美、神秘などなど。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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