南原繁『国家と宗教』4b

 今回は、南原繁『国家と宗教──ヨーロッパ精神史の研究』の補論「カトリシズムとプロテスタンティズム」の「四」の2回目です。やや長めのセクションのため、わけで抜き書きを行っています。
 この部分は、「四」のいわば本論に当たるところであり、トマスを代表とするスコラ哲学において端的に示された修正カトリック的な総合の基本的な特徴が論じられます。中世的自然法は、超自然的な領域に上位に位置づけることによって、文化全体を、超自然・恩恵・教会を上部とする階層構造を形成しており、国家や法は、絶対的な神の啓示のもとに位置づけられ、具体的には教会的権威によって規定されるという仕組みである。これは、神の前における個の自由、国家の自律性を認め得ないという点に、南原の基本的な中世理解を見ることができる。 

「トーマスに代表せられるスコラ哲学が、異なるもろもろの文化の統一調和のために「位階的」構造を持ち、一切の自然的秩序は超自然的秩序へ結合せしめられているごとく、カトリックの自然法それ自体は、さらにその上の、すべての実在の根元である神的叡智の絶対規範としての永久法に下属せしめられてある」、「キリスト教本来の宗教理念とギリシャ的自然法概念との結合」(353)
「自然的秩序」「超自然的な宗教的恩恵の世界の前段階」「神秘的共同体の自然的前段階として理解」
「国家は近世においてのように法の創造者でも主たる淵源でもなくして、むしろ国家とその法律は超国家的な自然法、さらに根源的には神の永久法の所産として考えられてある」、「近世自然法概念のごとく主観的人間理性に依存するものでなく、絶対的な神的啓示に基づくこと」(354)
「「教会」の概念」「自然法は教会を通して神的啓示に基づく理性の解釈にほかならず、何が自然法であるかは、結局、教会の決定にかかわらしめてある。近世の主観的な個人主義的自然法に対する客観性の根拠」
「ローマ=カトリック教会の権威と歴史的伝統とが基礎」「カトリック主義の「自然的合理主義」は根本において教会的神秘と超自然主義に結合せられたもの」
「相対的な現実の社会秩序を受け容れて、これを宗教的理念と結びつけ、それによって全体の調和にまでもたらしたのであった」、「実定法秩序の基礎づけとして保守的役割を果たす」(355)
「著者が自然法を「回避」するのではなく、むしろこれに反対する理由は、一般に自然法の理論において、およそ人間の道徳的精神的態度を問題とする国家社会生活その普遍妥当的な法則をもって、政治的国家生活をその歴史的特殊性において理解するに適当なるか否かの問題はしばらく措くとして、特にカトリック自然法について決定的なのはこの教会との関係の問題である」、「カトリックの「教会主義」」
「教会が必然に国家を指導し、その奉仕と従属を要求しなければならない。」(356)
「教会自らが一つの独立の法的=政治的秩序として自己の主権的存在を必要しなければならない」、「神聖ローマ帝国」「ローマ法王庁」、「一つの「神政政治」「教会政治」」
「中世における教会と国家との関係をアウグスティヌスの「神の国」と「地の国」との観念をもって対比象徴せしめることには、十分の理由があるのである」(357)
「司祭制と礼典とを不可分の要件として存立する共同体であって、真理と恩寵との保持によって謬ることのない聖なる使徒的結合である」。それは「かようなものとして」「自ら「地上における神の国」の具体的実在として考えられねばならない」、「カトリック的信仰を告白する者は教会を通して神の国に属する」、「実質的にも「精神的カトリック」でない者は、救済から除外されなければならぬであろう」(358)
「教会こそカトリック主義の政治社会理論のみならず、神学・道徳・哲学」「要するに中世的キリスト教世界観の核心を形づくり、カトリック的世界観の強味も弱味も、すべてはかかってこの教会論にあるのである」
「十九世紀ロマン主義の人びと」、「宇宙の全体性と統一性とを求める知的欲求と、さらには芸術的=美的要求からカトリック主義に改宗し、カトリックそのものよりも、むしろ宇宙と人類とが編みあわされた世界秩序の深みへと沈潜したのであった。そこでは世界的なものが直接に普遍人間的なものに連なり、宇宙的なものと個性的なものとが一つに結合して思い浮かべられる」(359)
「中世的な宗教理念のロマン主義的受容」

 以上、中世理解に対しては、その後の中世研究を元にした反論・批判が難しくない。たとえば、この中世は、宗教改革から見られた中世であり、議論にバイアスがかかっている。また、中世においては、理論的には超自然と自然の階層構造を有するとしても、現実の教会と国家とのかかわりは、さらに複雑な力学によって動いている。たとえば、本ブログでも少し以前に紹介した、山内進『十字軍の思想』(ちくま新書)などを参照。しかし、さらに言えば、南原もより精密な議論の必要性は意識しており、この部分だけで南原の中世理解を論じるのは、早急かもしれない。少なくとも、中世の基本的仕組みが、階層構造にあるというのは、政治思想にも重要な指摘である。
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