南原繁『国家と宗教』4c

 南原繁『国家と宗教──ヨーロッパ精神史の研究』の補論「カトリシズムとプロテスタンティズム」の「四」の3回目です(これで「四」は終了です)。南原はこの著作ではかなり丁寧な議論を行っています。たとえば、「四」では、その冒頭(4a)で、「三」までの議論を振り返り、問題を確認してから、本論(4b)を展開し、最後にまとめを行い、次の「五」に向けた議論によって締めくくり(4c。今回)となります。というわけで、次回からの「五」はルターと宗教改革を中心に、ルネサンスと新カルヴィン主義を含めた議論がなされ、これが「六」とともに、この補論の中心であることは頁数(365-384頁)からもわかります。
 以下、抜き書き。

「トーマスの哲学」「宏大な統一的組織体系」「中世精神の成果」「この基礎の上にキリスト教自身の完成した文化組織を樹立し、これによって中世一千年の長きにわたって、いかにヨーロッパ諸民族を一つに結合し、その文化と社会とを維持し来たったか。mさに人類歴史における偉業と驚異」(360)
「カトリック教会」「キリスト教本来の愛の共同体としての「神の国」の理念であるよりも、むしろ法王の権威を中心として古代ローマ的政治要素が前面に結成せられたのであること」、「可視的組織として持つ外的・統一的な権威は、宗教の内的な過程をば支配組織への服従において承認する結果となり、各人はむしろ見える全体的組織に織り込まれた肢節となり、そこからはもはや真に人格の自主的な力や世界に対する自由にして創造的な態度は生じて来ないであろう」(361)
「純粋に宗教的な内実についても」「多くの古代的宗教や等方的魔術的の要素がとり容れられている」、「礼典」「豊かな芸術的気分と輪奐の美を与えはしたであろうけれども、あた多くの宗教的迷信と誤謬の因子をつくるものであった」
「キリスト教の純粋福音主義の変質・転換」「「性格転換」(トレルチュ)」
「基準は」「「原始キリスト教」」「イエスの人格と教え」「源泉」(362)
「中世において」「哲学も科学も、真理と価値の一切が教会によって判定せられ、また保証されて来たのである」、「一般に文化の狭隘化、科学的精神の拘束を伴わざるを得なかった」、「スコラ哲学」「絶対的真理はすでにローマ=カトリック教会の教理の所有として自明のことに属し、ただそれを論証し、合理化するための学問」「「神学の侍女」」(363)
「国家が宗教的絶対目的の下に隷属し、位階的秩序を通し、つつましく教会に奉仕するあいだは」「国家の自律は没却せられたか」、「法はついに神的啓示の法則に依存せしめられ、国家の権力は教会神学に規定に基礎づけられた」
「一面、宗教そのものの「政治化」を示すとともに、他面、政治の「宗教化」を意味する」「二者の妥協はひとえに「教会」という固有の組織よって初めて可能にされた」、「中世歴史は半面から見ればかような教会的国家の統一の歴史であると同時に、他の半面から見れば、これに対する国家主権の抗争の歴史であった」(364)
「マキャヴェリーが大胆に近代国家の生誕を告知する」
「特有の中世的キリスト教文化の体系が内包する矛盾の露呈であるとともに、他方、中世普遍社会が動揺し、その統一調和が破れ、多くの対立・分立の発生、別しては近世諸民族の勃興を意味するものであった」(365)
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