日本宗教学会・学術大会始まる

 昨日から、今年の日本宗教学会・学術大会が始まりました。
 初日は、学会の諸委員会と理事会が行われますが、学術大会としての中心は、公開講演会です。以下、公開講演会の紹介です。

公開講演会:宗教哲学の根本問題

日時:2016 年9 月9 日(金)14:40-17:40
会場:大隈記念講堂 大講堂
講演:クラウス・リーゼンフーバー(上智大学名誉教授)
     「意味への問い――宗教哲学の根拠づけのために――」
特定質問とディスカッション:
   氣多雅子(京都大学教授)
   美濃部仁(明治大学教授)

<公開講演会の趣旨>
 人間の宗教的営為を人間理性によって規範的に問題とする宗教哲学は、それぞれ固有の宗教伝統のパースペクティブの下で人間存在の本質がどのようにとらえられるべきであるのか、あるいは究極的価値に向けて信仰や啓示という問題が理性や認識とどうかかわるべきなのか、あるいは不安、苦悩からの自由、解放がどのような自己理解に基づくべきなのかなどといった事柄を、これまで様々な神学・教義学の通時的伝統を手がかりにしてテーマ化してきました。しかし今日、世俗化が進行し、伝統的な宗教自体が衰退する中で―もちろん逆の現象も起きてはいますが―宗教哲学の存在の意義すら問われるかもしれません。
 こうした現代において、あえて宗教の提示する諸メッセージに基づいて宗教哲学が扱うべき事柄を「宗教哲学の根本問題」というテーマの下で共時的に再検討、吟味し、講演者および特定質問者と共に考えていく機会を皆さんと共に持ちたいと思います。


 宗教哲学を正面から取り上げた意欲的な公開講演会であり、講演者、意味の問いという視点、いずれも魅力的なものである。
 問われたのは、実存的あるいは主体的な「意味」(言語学的な客観的な意味ではなく。人生の意味、生きる意味など)と宗教性との関わりであり、定義できないが了解できる意味(根源概念)をめぐる省察・瞑想、あるいは「意味がある」という経験の現象学(言語使用分析)が行われた。意味と目的の関係、意味の積極性や単数性などが意味の諸特徴が丁寧に論じられた。
 意味がある=存在してよい、意味の贈与性など、キリスト教的聖書的な思想との親近性も明瞭であった。意味と価値の相違、意味と時間の関係など、さらに突き詰めるべき課題にも触れられた。
 しかし、全体の印象は、こうした講演に基づく討論が難しいということ、つまり、特定質問者との間の議論がかみ合わなかったことであり、その点、やや残念であった。
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