キリスト新聞から

キリスト新聞(第3413、2016. 9. 17) が届きました。学会の学術大会が二つ入ったことなどから、通常の仕事がとまっていたため、キリスト新聞の紹介も、やや遅くなりました。学術大会が終わり、一挙に仕事が押し寄せてきており、やや大変な毎日です。なお、キリスト新聞の紙面構成は通常と少し異なります。

<第一面>
「連続インタビュー:教会の彼方」:日本聖公会司祭 竹内謙太郎
 「社会の常識を教会にも」「日本聖公会 主教・司祭に求められる資質」
 「司牧者としての責任を放棄するな」「信徒にも執事としての役割を」

 以上の表題・見出しを見ると、一つ一つ、その通りという気がする。ということは、裏から言えば、現実は、この有るべき姿から逸脱しているということになるだろう。「社会の常識」自体がそもそも問題的であることは前提にして、教会の常識がしばしばその社会の常識の水準以下であること、もしそういうことであれば、かなり根本的な変革が必要であるということになる。
 それが、「「強制わいせつ」「パワハラ」「」カルト化」」「「擁護派」と「糾弾派」による対立」」といった事態を繰り返し生じると言うべきかもしれない。国家からの教会の自由、つまり政教分離・信教の自由とは、自浄作用のある自律した教会をその基盤として要請するはずである。
 実際、考え始めると、多くの問題点が数え上げられてくる。しかし、これは教会だけなく、学会も大学も、同様の現状である。一定レベルの制度が整備定着する前に、一方で制度が壊れ始めているという状況だろうか。
 
「Headline/ヘッドライン」:
・「マザー・テレサを「聖人」に、教皇宣言」
・「〝「少女」の人生の傷は癒やされない〟 慰安婦問題に関してNCC議長が談話」
・「中国人原告へのビザ不発給に抗議 安倍靖国違憲訴訟の会・東京」

<第二面>
「Topics/トピックス」:
・「伝道」:「人々を改革し聖書的聖化を広める」「更新伝道会大会で坂本謙氏が講演」
・「社会」:「平和追求した戸田帯刀神父に学ぶ」「佐々木宏人氏がカトリック吉祥寺教会で講演」
・「映画」:「『沈黙』の公開が来年に決定」「戦後キリスト教文学の金字塔」
・「文学」:「世界で読まれる遠藤周作『沈黙』」「刊行50年記念し長崎で国際シンポ、企画展も」

 上の二つの記事は、いずれも遠藤周作『沈黙』に関わるものであるが、遠藤周作を含め、近代日本のキリスト教文学については、キリスト教研究の視点から、本格的で活発な研究があってしかるべきだろう。キリスト教研究には、まだまだ研究すべき多くのテーマが存在しており、いずれにおいても研究者が求められている。『沈黙』についても、さまざまな切り口があるだろう。文学と共同体の記憶など、どうだろうか。

 「Satellite/サテライト」:
・「世界文化遺産登録目指し 潜伏キリシタン遺産に改名」
・「米戦闘機の岩国配備計画 教団西中国教区が撤回要求」
・「横浜AIDS文化フォーラム 全国から3千人超が参加」
・「WCRP日本委青年部会 被災地でサマーキャンプ」
・「明治学院と」解明遺蹟長崎教区が平和祈願祭 子どもらの参加も意識」
・「平和遺族会大と崎陽軒とコラボ 限定「PINE CUBE」発売」
・「キリスト教書店ハンナ いのちのことば社と合併へ」
・訃報「朴炯圭(パク・ヒョンギュ)さん」

<第三面>
 今回は、第三面に「日本基督教団の教会・伝道書のみなさまへ」「今こそ、処分を撤回し対話を始めませんか!」との意見広告が掲載。
 教団総会を前に、北村牧師処分の撤回、牧師の復権を求めるもの。
 第四面は、広告頁。

<第五面>
・「告知」:「教会と地域福祉」
稲垣久和「第6回シンポジウムに寄せて」
 「宣教・神学理解の深まりを期する」

 教会と地域福祉は、日本におけるキリスト教の最重要問題の一つである。しかし、「宣教・神学理解」の深まりが必要なことはこれも現状である。教会という視点から神学を問い直すということは、実に、歴史的に繰り返されてきたテーマであるが、現代も同じ課題に直面している。

・服部弘一郎(映画評論家)「映画(スクリーン)の中のキリスト教」
 「神なき時代のキリスト教映画(14)」:「セブン」(1995年)
 「神に代わって他者を処罰する人々」
 
 「キリスト教の「七つの大罪」」「人間を罪に導くきっかけとなる、危険な感情と欲望のリスト」
 「正義さえあれば、人間はいくらでも残酷になることができる」、「歴史を振り返れば、人間は神の名を振りかざして残酷な行為を繰り返してきた」、「他人を非難攻撃するキリスト教徒」

 暗い現実ではあるが、これは現実である。一応多く人が正しいと感じ、本人もその確信がある、という場合に、他者への不寛容が爆発する。人間存在の両義性と、それに基づく人間的行為の無意味性の危険とは、この事態を意味している。善と悪の混合が、わたしたちの現実である。罪を糾弾するのは、正しいと言えば正しいが、しかし、・・・。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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