キリスト新聞から

キリスト新聞(第3414、2016. 9. 24) が届きました。台風が過ぎ、今日は曇りではあっても、落ち着いた天候のようです。後期の授業も始まりましたし(非常勤先ですが)、本格的な後期に備えて体制を整える必要があります。

<第一面>
・「「教会と地域福祉」フォーラム21 第6回シンポ」
 「生産性では〝命〟計れぬ」「〝他者性〟認める教会に」
  「み言葉だけでなくパンも」「偏見なくすために直接出会う」
 
 「教会と地域福祉」フォーラム21の第6回シンポジウムが、9月10日日基教団霊南坂教会開催。「今日の貧困と向き合う──宗教者の課題と可能性」というテーマで、奥田知志、吉水岳彦、藤田孝典、稲垣久和の各氏が登壇。約80名の参加者。「貧困」の実態と宗教者に課せられた役割について討議。

 教会が「外に開かれていかない」ことが問題なのはその通り。しかし、開かれた教会というスローガンが、スローガンだけで終わることが反復されるのはなぜか。ジジェクが批判する進歩的左翼と同じ状況がここにある。キリスト教の、宗教の形成力を具体的に考えるとき、「貧困」の問題ならば、もっと、まさに貧困に取り組んでいる広範な活動に開かれる工夫が必要。宗教者に出来ることがあるのはその通りであるが、宗教者だけでできることを追求するのは抽象的。こうした点もこのシンポで問題になったようではあるが。

「Headline/ヘッドライン」:
・「バチカン高官発言に中国・台湾が反応」
・「陳副総統「台湾と中国大陸の平和」祈る」
・「中国教区の司教任命に政府介入厳しく」
・「首相の「核先制不使用」反対発言に日本宗平協が声明で抗議、撤回求める」

<第二面>
「Topics/トピックス」:
・「社会」:「絵本で教える「隣人愛のある社会」」「松居友氏がミンダナオ島での活動報告」
 松居友氏の『サンパキータのくびかざり』(今人舎)の原画展が、8月24日~9月8日まで、教文館で開催。松居氏は、ミンダナオの地域の村で、絵本の読み聞かせ、就学支援、医療支援、避難民救助、植林などの活動を行っている「ミンダナオ子ども図書館」の館長。絵本作家、児童文学者。

・「社会」:「東アジア平和共同体の構築へ」「日中韓の宗教者が横浜で国際セミナー」
 「東北アジア平和共同体構築のための課題」と題し、韓国宗教平和国際事業団主催の「IPCR国際セミナー」が、9月2~4日、立正佼成会普門館で開催。2009年初回以来、8回目。

 類似の活動はかなり行われているが、目的とそのための明確な活動方針が存在しないと、意味ある形になりにくいように思われる。

・「社会」:「安保法制下で変貌する埼玉の基地」「平和祈る諸宗教のつどいで二橋元長氏が講演」
 キリスト教、神道、仏教による「平和のための諸宗教による祈りと市民のつどい」が8月30日、さいかま共済会館で開催。宇佐美節子さん(沖縄宗教者9条ネットワーク)のメッセージ「神の平和」、二橋元長さんの講演。

 沖縄の動向に注目し、それを諸地域の動きにリンクさせるという形が大切。

 「Satellite/サテライト」:
・「「教会」テーマに教団伝道推進室が研修会」
・「伊東マンショの肖像画 宮﨑県立美術館で公開」
・「フィリピン児童がCD制作 札幌の神父設立の養護施設」
・「教会でわいせつ行為 フィリピン国籍牧師逮捕」
・「事務職員として働くとは 高良研一氏が心構え語る」
・募集:「信濃町教会が研究・出版助成」
・移転:「日本福音同盟総務局」

<第三面>
・「告知」:「教会と地域福祉」
稲垣久和「第1回関西シンポに寄せて 上」
 「自治的・自発的活動を中心とした福祉へ」

 第1回関西シンポジウム「ボランティア・福祉・教会のこれから」
 10月1日(土)午前10時半~午後4時
 会場:賀川記念館4階メモリアルホール(神戸市中央区吾妻通5-2-2)
参加費:1,000円(学生無料)
 登壇者:岩村義雄、木原活信、釈徹宗

・服部弘一郎(映画評論家)「映画(スクリーン)の中のキリスト教」
 「神なき時代のキリスト教映画(15)」:「ジャンヌ・ダルク」(1999年)
 「それは本当に神の声だったのだろうか?」
 
 「百年戦争を終結に導いた女性軍人」「カトリック教会が公認した聖人」「本作は彼女が自分が聞いた声の正体を探る心理サスペンスになっている」。
 「映画は牢につながれたジャンヌ・ダルクの内面的な葛藤を通じて、彼女が行ってきた神の名による戦争を批判する」、「良心の声を用いて、神の名を振りかざして他者を攻撃するすべての人を批判」。
 「21世紀にもなってから、神の名による戦争や紛争がこれほど多く起きる」、「芸術作品の中には、作り手の意図を離れて優れた予言性を発揮するものがる。この映画もそうした作品のひとつかもしれない」。

 歴史的事例は、普遍化できるレベルと、少なくともその特殊状況に即して評価すべきレベルとが存在する。過去を現代的視点から糾弾することは容易であるが、これは徹底した自己批判を伴わないときには、あまりにもアンフェアーである。しかし、特殊な出来事こそが普遍的教訓(特殊的普遍性)を指示するのも確かである。

<第四面>
・SONO「教派擬人化マンガ ピューリたん」32
 「夏服リターンズ」、「別の解決法」
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 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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