心と自殺の関わり

 心については、さまざまな理解が可能である。しかし、心がイメージの連鎖と深く関わっていることは確認すべき事柄と思われる(心を一つのシステムとみた場合。ルーマンを参照)。
 心はイメージの連鎖・流れであるだけでなく、そこに「私の」という自己参照性が伴う(つまり、Ich denke)。したがって、心は決して眠ることなく動き続ける。眠りの中で夢を見るのも心の働きだから。この心のイメージ連鎖を支えるのが、身体の生命連鎖である。
 このように考えると、自殺願望には、心の連鎖を停止させるため、心から逃れるために、身体を停止させるという意味はないのだろうか。自己・意識を空にすること、その手段としての身体の空化という宗教的な行とも構造的に類似したものがそこにある。

 自殺についても、さまざまな議論が存在し、キリスト教との関わりでは、最近は自死としてテーマ化されることが少なくない。しかし、これまでのこの問いをめぐる議論の蓄積が十分に踏まえられているかというとやや心許ないところがある。少なくとも、次のような文献は基本的なものであり、当然踏まえておくべきものである。

ジェームズ・ヒルマン
『自殺と魂』
創元社、1982年。

序に代えて(一九六四)
スプリング社版への序(一九七六)

第一部 自殺と分析
第一章 問題
第二章 自殺の予防──社会学、法律学、神学および医学の見解
第三章 自殺と魂
第四章 死の体験
第五章 自殺の危機との出会い

第二部 分析の挑戦
第六章 医学、分析、そして魂
第七章 用語の問題
第八章 英雄としての癒し人
第九章 病理学的傾向
第十章 診断と分析的対話
第十一章 希望すること、成長すること、そして分析過程
第十二章 医学的秘密と分析的神秘

訳者あとがき
参考文献

 著者は、著名なユング主義者であるが、現代の医学・心理学といった分野での議論と神学的議論をつなぐうえでは、現在でも古典的な意義を失っていないように思われる。
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