『創文』最終号

 『創文』 2016.秋 No.23(創文社)が届きました。これが、最終号となるとのことです。
 創文社の会社解散については、すでに本ブログでもお知らせし、その後、さまざまな人とこのことについて話題になりました。『創文』最終号でも、最後に「読者の皆様へ」との挨拶文が掲載されています。

 わたくしが『創文』あるいは創文社をもつようになったのは、京都哲学会に入会し『哲学研究』に論文を掲載いただいたころから『創文』を送っていただくようになったこと、そして博士論文の第一部の部分を中心にした『ティリッヒと弁証神学の挑戦』を創文社から刊行いただいた以来である。その後、『哲学研究』の編集担当になった時期には、頻繁に創文社の担当者と連絡を取り合う時期があり、現在に至っている。
 創文社は、人文学の研究を行う者にとっては、独特の意味を有する出版社であり、そこから専門書を刊行することはいわば一つの目標のような感覚があった。わたくしが所属する京都大学キリスト教学研究室では、有賀鐵太郎以来(実際は、武藤一雄からだろうか)、その著作の多くが創文社から刊行され、また、京都大学文学研究科の範囲では、ほんとうに多くの研究者が創文社との関わりをもってきたことがわかる。
 特に、2011年に完成した、トマスの『神学大全』の邦訳と、そして現在も、刊行企画が進行中の『ハイデッガー全集』だけをとっても、創文社が日本の思想世界に果たした役割の大きさは明らかである。近代以降の学術研究にとっては、出版社の存在は大きな意味を持っており、日本におけるその典型の一つを創文社に見ることができる。出版人の志と情熱が、決定的な役割を果たしてきたのである。

 さて、今回の『創文』最終号で、次の二つを紹介したい。

・稲垣良典 「創文社、『神学大全』と久保井さん」。
 『神学大全』の邦訳企画の関わりをもつようになった1975年頃から(刊行は、1960年から)、完成(2011年)までを振り返ったエッセイ。

・片柳榮一:書評「死すべき人間存在への新たな眼差し──藤田潤一郎『存在と秩序─人間を巡るヘブライとギリシアからの問い─』──」 
 タイトルからわかるように、藤田潤一郎著(『存在と秩序─人間を巡るヘブライとギリシアからの問い─』)の書評である。 『創文』は基本的に出版社のPR刊行物であり、創文社から刊行された新刊書の書評が掲載されることが多い。今回の藤田潤一郎著への書評もそうした性格の文である。しかし、『創文』における書評は、新刊書の紹介にとどまらず、かなり本格的な論評となる場合があり、今回の書評もそうである。前半は、プロティノスに関わる議論について、後半はヨブ記に関わる議論について、掘りさげた紹介と論評が行われており、興味深い。

 以上のような充実した内容で刊行されてきた『創文』が最終号を迎えたことはまことに残念なことであるが、これまでこの刊行に努力されてきた方々に敬意を表したい。
 ご苦労様でした。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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