フェミニスト神学について3

 フェミニスト神学は、1980年代以降、多様な展開を示している。一つの地域的教派的拡張であり、アメリカ合衆国で始まった神学運動は、ラテンアメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカへと、しかもさまざまな教派に属する神学者へと広がっている。また、もう一つは、問題領域の拡張である。たとえば、エコフェミニスト神学はその典型であり、フェミニスト神学は、エコロジー、身体論、共同体論など、さまざまな領域・分野と相互浸透しつつあり、これもポスト近代と呼ばれる時代の動向と言える。
 こうした中で、ここ数回、取り上げてきた、フルカーソンも、フェミニスト神学から教会論・共同体論へと議論を活発に広げつつあるように見える。今回紹介するのは、こうした一冊である。

Mary McClintock Fulkerson, Marcia W.Mount Shoop,
A Body Broken, A Body Betrayed. Race, Memory, and Eucharist in White-Dominant Churches,
Cascade Books, 2015.

Preface
Prolegomenon

One  Race, Memory, and Eucharist: An Introduction
Two  Eucarist as Template: This Is My Body
Three The Wound of Colorblindness
Four  Transforming Memory
Five  Re-membering Eucharist

Bibliography
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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