カントとキリスト教思想

 カント哲学は、哲学においてはもちろん、キリスト教思想にとっても重要な意味を有しており、19世紀以降の神学思想はカントのさまざまな関わりの中に存在している。バルトがそうであり、またティリッヒも同様である。
 したがって、キリスト教思想におけるカント研究も、宗教哲学との関わりもふくめ、継続的に取り組まれ、現在にいたすまで、多くの研究を生み出してきた。
 今回紹介するのは、日本におけるこうしたカント研究の最新の成果の一つである。同志社大学大学院神学研究科において2015年に博士学位を取得した論文の刊行である。

高田太
『カントにおける神学と哲学──プロイセン反啓蒙政府とカントの自由を巡る闘い』
晃洋書房、2016年。

まえがき
凡例

序章 問題の所在
第一章 批判期のカントの神学と宗教的著作群
   1 カント哲学における神学と宗教
   2 カントの宗教著作群、およびこれと批判との内的接続について
   3 『判断力批判』と「神義論のあらゆる哲学的試みの失敗」の接続
   4 浮かび上がる歴史的な問い──カントが批判するのは何であったのか

第二章 カントとフリードリヒ・ヴィルヘルム二世の時代Ⅰ
第三章 宗教勅令を巡る上級宗務局顧問官たちの闘い
第四章 カントとフリードリヒ・ヴィルヘルム二世の時代Ⅱ──直接審査委員会設置に向かう歩み
第五章 改訂検閲令──『単なる理性の限界内の宗教』出版を規定する諸前提
第六章 『単なる理性の限界内の宗教』出版の検閲問題
第七章 継続する政府当局とその結末
終章 哲学者カントとキリスト教の本来的な接点──宗教的著作群執筆の過程で生じた神学と哲学の関係を巡る問題

参考文献
事項索引
人名索引

 わたくしの関心のある、第一章は節レベルの表題も示したが、それ以外の章では省略した。
 本書は上下に段組となっており、頁数の割りに多くの内容が含まれており、その構成や論述も博士論文にふさわしいものと言える。特に、注目すべきは、第一章の問い(批判哲学と宗教著作群の接続の問題)が、その第4節で、歴史的な問いとして立てられ、第二章~第七章までの歴史的検討を経て、終章にいたる、という議論の組み立てである。
 本書は、宗教哲学的研究と言うよりも、カント思想の社会史的研究、あるいは歴史神学の射程におけるカント哲学研究と評すべきかもしれない。いずれ、関連学会における学会誌において、学術的論評がなされるであろう。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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