日本人はどこへ、日本宗教はどこへ行く

 日本の宗教の近未来像は、決して明るくない。これは、1960年代の世俗化論の論調における暗さではなく、もっと質の違う問題状況である。そもそも、日本人は減少するという人口動向に基づく近未来像である。1960年代は、高度経済成長期で、日本人の人口も増加の中にあった。しかし、21世紀に入り、耳にするようになったのは、日本自体の縮小であり(その延長には東アジアの縮小も控えている)、日本宗教の基盤であった、日本人コミュニティーの縮小・消滅が、現実味をおびて実感されるようになてきている。
 
 昨年、『寺院消滅』で話題となった著者による、新刊であり、こっちはさらにすごいことになっている。

鵜飼秀徳
『無葬時代──彷徨う遺体、変わる仏教』
日経BP社、2016年。

はじめに

第一章 彷徨う遺体と遺骨
  火葬一〇日待ちの現実/遺体ホテルが繁盛する時代/増える遺体、棄てられる遺骨/超高齢社会が招く孤独死の悲劇/孤独死現場を「リセット」する人たち

第二章 変わりゆく葬送
  葬儀の葬儀場/都心のビルに一万基の遺骨/日本海に浮かぶ散骨島/理想の墓が新潟にあった/無数の遺骨を集めて仏像に/お坊さん便、食えない僧侶を走らす/仏具屋が見る「寺院消滅」

第三章 縁を紡ぐ人々
  孤独死を防ぐ縁のかたち/路上生活者を供養する僧侶/難民キャンプに図書館を/地域再生と寺院/都市と地方の寺院をつなぐ

第四章 仏教存在の意義──佐々木閑氏に聞く
  日本仏教の特殊な成り立ち/今を生きる人のための仏教/社会の受け皿としての仏教/「律」の精神で現代日本を見直すと/本質ではなく、かたりが変わってゆく

おわりに

資料編
参考文献

 「二〇一五年の死亡数は約一三〇万人。この数字は今後二五年間ほど増え続け、二〇三〇年には一六〇万人を突破すると予想される。鹿児島県の人口(約一七〇万人)と同等の人が毎年、死んでいくのである。」(2)
 「死を受け入れる現場では、すでに様々な「前兆現象」が始まっている。都会の火葬場では炉が一杯で、待機状態が一週間から一〇日にもなっているという。・・・「火葬待ち」は、まだいいほうだ。多死社会がもたらす「哀しい最期」。それが、孤独死である。」(3)

 第一章、第二章は、厳しい現実と仏教の動向である。ここまでは暗い。第三章はこの現実に対する対応であり、そこにはキリスト教会も参考にすべきことがある。最後の第四章は、そもそも発想の転換の問題であり、著者と仏教学者佐々木さんとの対談です。
 佐々木さんとは何度かご一緒したことがあるが、仏教についての見方を正される感がした。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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