文化の神学8

 文化の神学というテーマで連載を行っているが、前回から、議論は「音楽」へ進んできた。
 まず、「キリスト教と音楽」をキリスト教思想として論じる上で、留意すべきは、次の3点である。

・宗教、特にキリスト教と音楽とは、緊密な関わりにある。儀礼・典礼。
・宗教音楽と世俗音楽(宗教と文化)。宗教から文化へ。
・時代、地域、教派における多様性。

 この内、2番目の「宗教音楽」から「世俗音楽」への展開は、「宗教と文化」について考える上で、まさに注目すべきものであり、多くの事例に即して検討すべきものである。
 今回は、アメリカから黒人神学に関わる事例を取り上げたい。使用するのは、次の文献である。

ジェイムズ・H・コーン
『黒人霊歌とブルース──アメリカ黒人の信仰と神学』
新教出版社。

 コーンは、霊歌(スピリチュアル)とブルースとの関係について、次のように論じている。
 以下、抜粋。

「黒人が生き残っていくためのたたかいの中で発揮する歌の力──これが黒人霊歌とブルースの本質である。・・・黒人音楽は存在確認と生存にとって不可欠のものであった」(12)、
「日曜日は彼らの存在の抑圧感情を発散する時であった」(13)、「黒人音楽は理解される前に、まず生きられねばならない。」(16)
「サーマンによれば、黒人霊歌は彼らの存在を除去しようとしている社会において存在しようとしている奴隷の決意表明である」、「黒人奴隷のひとかど性(somebodiness)の強調であった。」(35)
「黒人宗教の本質を示すものは黒人霊歌である。それは、「恐るべき艱難」の直中で自由であろうと努めた経験を示している。
おお自由よ、自由よ、自由よ、
わたしはお前が好きだ!
わたしは奴隷になる前に
むしろ墓にほうむられよう、
そして主のみもとに行って自由になろう。」(56)
「奴隷制からの被抑圧者の神的解放が、黒人霊歌における中心的神学概念である。
・・・
ああ、メリーよ、もう泣くな、嘆くな、
ああ、メリーよ、もう泣くな、嘆くな、
パロの軍勢は溺れてしまった、
だからメリーよ、もう泣くな。」(64)

「ブルースは、黒人的経験の「世俗的」次元を描写している。・・・ブルースは黒人的生となまのこの世、そして極度の抑圧状況の中で生き抜こうとしている底力についての歌である。」(180)
「ブルースの起源」「多分それは十九世紀末に形成されはじめたであろうというのが、たいていの専門家たちの一致した意見である。しかしながら、ブルースの精神とそのルーツを奴隷制時代、あるいは遠くアフリカにまでたどることができる。」(181)
「これらの二つの間にはなお重要な区別がある。霊歌は奴隷歌であって、南北戦争以前の歴史的現実を取り扱っている。・・・だが、ブルースは、・・・その意識は本質的に南北戦争以後のものである。それは、奴隷解放、南部再建期、および人種隔離法等から産み出された諸経験を反映している。・・・霊歌が集団の歌であったのとは対照的に、ブルースはまったく人格的であり個人的である。」(186)

 前半は、スピリチュアルとブルースの共通性であり、後半は両者の差異性である。宗教と文化との関わりは、まさにこうしたものであり、音楽には、その多くの実例を見いだすことができる。このアメリカの事例は、一方で、アメリカに特殊なものであるが、他方で、音楽はその特殊な起源を超えて普遍化する力を有している。ここに音楽の論じるポイントがある。
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