文化の神学11

 前回は、文化の神学における「音楽」ということで、バッハを取り上げたが、バッハについては話題が尽きない。今回は、神学者のバッハ評を一つ、紹介したい。それは、次の文献に書かれているものである。

川端純四郎
『3・11後を生きるキリスト教──ブルトマン、マルクス、バッハから学んだこと』
新教出版社、2013年。

 これは小さな文献であるだけでなく、バッハについての部分はかなり短いものである(36-42頁)。内容は次のタイトルと見出し。

バッハの音楽から聞こえてくるもの
 バッハとカルヴァン派領主との友情
 カントール時代の不遇
 音楽的潮流の変化の中で
 
 著者は、バッハがルター派に属しつつも、ケーテン時代にカルヴァン派のケーテン公レオポルドと音楽を通した友情を結んでいたこと、またカトリックのペレストリーナと相互に尊敬し合うことができたこと、バッハが最後の作品 「ロ短調ミサ曲」 が「見えざる教会における一致のためのミサ曲」(エキュメニカルなミサ曲)と考えていたこと、と指摘している。バッハへの言及は、著者が教会のオルガニストをつとめ、日本基督教団の讃美会員あるから当然のことと思われるが(バッハについての著書もある)、エキュメニカルなバッハの指摘は、著者がWCC中央委員をつめたという経歴にも関わっているように思われる。

 バッハなどのクラシック音楽はすでに日本人の心にもしっかり根付いており、これは間接的ながらキリスト教と日本の接点とも言える役割を果たしている。音楽は教派を超えるだけでなく、宗教に違いも超える力をもっており、これは「文化の神学」にとっても、注目すべきポイントと言えよう。
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