半世紀前の現代神学

 神学は、つねにその時代にとっては現代神学である。これは当然のことではあるが、こうしたときどきの「現代」神学を追跡することも、神学を思想史的に理解するには重要な視点となる。
 たとえば、今から50年前の1960年代に、「現代神学」はいかなるものとして捉えられていたのであろうか。河出書房新社の企画で、世界思想教養全集(桑原武夫、伊藤整、松波信三郎、日高六郎が、編集委員)が刊行され、その21として、「現代キリスト教の思想」が収録されている。
 まず、内容を確認しよう。

『現代キリスト教の思想』
河出書房新社、1963年。

『現代キリスト教の思想』概説 (井上良雄、佐藤敏夫)

シュヴァイツァー:文化の没落と再建
バルト:ルートヴィュヒ・フォイエルバッハ
バルト:証人としてのキリスト者
バルト:義認と法
バルト:キリスト者共同体と市民共同体
ブルンナー:危機の神学

解題
『現代キリスト教の思想』用語解説
『現代キリスト教の思想』年譜

 まず、冒頭に収録の「『現代キリスト教の思想』概説」から、次のことがわかる。
 「現代神学の範囲」としては、「第一次世界大戦以来の神学状況」が考えられている。これは、21世紀にわたしたちの「現代」においても、理解できる区分である。そして、その代表的存在として、「バルト、ブルンナー、ティリッヒ、ブルトマン、ニーバー」が上がられており、まさにこれは、この1960年代の現代神学理解が反映されている。弁証法神学こそが、現代神学であるとの理解であり、その中心はバルトである。この神学理解が相対化されるのは、1970年代以降であり、21世紀のわたしたちにとっての現代は、1970年代以降とするのがより厳密かもしれない(わたくしは、これを現代神学2と呼んでいる)。
 概説の叙述は、収録文献に念頭においたものであるが、最初に取り上げられるのは、シュヴァイツァーであり、第一次世界大戦以来の神学界の大きな特色は」、「終末論に対する関心の集中」として説明されている。その説明のため、リッチュルまで遡り、そのライン上でシュヴァイツァーが論じられる。シュヴァイツァーは、「近代神学から現代神学への過渡的な存在」という評価であり、続いて、弁証法神学の特徴は、先行する新プロテスタンティズムの神学との対比で説明される。内在主義的な神観念の批判と啓示概念の強調、人間の罪の強調、楽観主義的な歴史観への批判、文化プロテスタンティズム批判など。
 そして、弁証法神学運動の展開と、その分裂が辿られる。特に、焦点はバルトとブルンナー、両者の間の自然神学論争とそれぞれのその後の思想展開である。その後、ブルトマン(非神話化、実存論的解釈)、ゴーガルテン(世俗化論)、最後に、ティリッヒ、ニーバーという仕方で概観される。

 以上は、1960年代の現代神学理解の典型的なものであり、21世紀の時点でも同意できる分析は多々認められる。しかし、良くも悪くも、弁証法神学一極による神学理解でよかったのかは再考されるべきであろう。
 収録の各論考には、翻訳者による解題が最後にまとめて収録され、また用語説明や年譜(1900年~1963年)などの関連資料も整っている。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、今後開設の別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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