文化の神学20

 前回は、キリスト教と音楽というテーマとの関連で、ルターと讃美歌という問題に触れた。実際、ルターと讃美歌という問題は、ルター研究でもしばしば言及されるものである。たとえば、次の研究。

竹原創一
『ルターと詩編──始原第四編の解釈を中心に』
知泉書館、2011年。

はしがき
凡例

序章
第一章 詩編の語り手──「ダビデの詩編」[詩編四・一]の解釈
第二章 詩編における言葉と音楽──「楽器にあわせて」[詩編四・一]の解釈
第三章 詩編における神学と修辞学──「神的詩人また比類ない修辞家」「詩編四・二注解」に関連して
第四章 詩編における呼びかけ──「わたしが呼びかけるたびに」[詩編四・二]の解釈
第五章 神の義と人間の義──「わたしの義の神」[詩編四・二]の解釈
第六章 経験の意味をめぐるルターとディオニュシウス──「神の言葉を理解するためには経験が必要である」[詩編四・三注解]に関連して
第七章 受動性をめぐるルターとカルヴァン──「ハーシード」[詩編四・四]の解釈
第八章 詩編におけるメディタチオ──「心の中で語る」[詩編四・五]の解釈
第九章 悔い改めと沈黙──「ドームー」[詩編四・五]の解釈
第一〇章 詩編による信仰理解──「あなたの顔の光」[詩編四・七]の解釈

付録 「ヴァティカン」詩編第四編の注解(和訳)

あとがき
文献一覧
索引
欧文レジュメ

 著者は、わたくしの研究室の先輩で、学生時代にお世話になった方である。京都大学に提出の博士学位論文がもとになった本格的なルター研究である。
 ルターと音楽については、第二章が特に関連があり、「五 賛美歌における言葉と音楽」では、次のように述べられている。

「偽宗教者は宗教と芸術を対立的にとらえ、宗教のゆえに芸術を破壊すべきだとするが、ルターは芸術とりわけ音楽を、それの創造者であり、人間への贈与者である神を礼拝するためにふさわしいものであるとみなす。」
「神礼拝にとっての音楽の意味が、創造論的観点から、より積極的に説かれる。すなわち音楽は創造のはじめから全被造物の中に入り込んでいること、万物は音なしには、あるいは音の数(リズム)なしには存在しないことが述べられる。」(89)

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