試問の季節

 昨日から、卒論と修論の試問が始まり、本日も引き続き試問が行われる(これに博士論文の試問も重なることがある。今年度は1月に二つの博士論文の試問があり、かなりスケジュールが混み合った)。
 試問は、長期にわたる研究の最終段階であり、学生はそれまでの研究が何であったのかが試されることになる(その割には、一の論文試問の時間が短いとも言えるが)。試問する側も、これまでのプロセスを含め、学生の論文作成につきあってここまできたわけであるが、京都大学の場合、論文指導が単なる仕事ではなく、指導する側の研究にもプラスになることが少なくない。その点が論文指導のやりがいということになる。

 これは、自分が直接指導した論文だけでなく、ほかの専修(専攻)の学生の論文の試問を行う場合も同様である。たとえば、日頃の研究や講義では取り上げることがあまりない、日本哲学の思想家について、試問を通して、考える機会があるということは、思わぬしたかで研究に有益なことがある。
 今年度の論文で言えば、九鬼周造の修士論文を読む機会があり、九鬼とキリスト教思想(特に形而上学・自然神学的な議論)との関連性に気づかされた。これはきわめて面白い出会いとも言うべきものである。

 九鬼に話が及んだ関連で、先月、抜刷をお送りいただいた、研究論文の紹介を行いたい。

 橋本崇「偶然性と自由」、「後期シェリングからマルクス・ガブリエルの新実在論へ」。橋本さんは、シェリング研究を通じて知り合いになった研究者であるが、シェリングから九鬼へと研究範囲を広げつつある。今回お送りいただいたのは、このテーマに関わる研究論文である。
 紹介したいのは、前者の論文であるが(後者は、『思想』1月号、掲載)、これは、『現代思想』2017年1月、臨時増刊号の特集「九鬼周造 偶然・いき・時間」に収録された論文である。(テーマは九鬼であるが、後半では、もう一つの論文のシェリング、ガブリエルへ論が展開されている。)
 九鬼の偶然論ではないが、修論試問といただいた論文とのテーマ的な合致に、不思議な偶然を感じさせられた。

 この特集には、試問でもご一緒した、藤田正勝先生と田中久文さんの討談「九鬼周造の「生きた哲学」」など、興味深い論考が収録されている。わたくしとしては、山内志朗「九鬼周造とスコラ学」が気になった。

 論文抜刷をお送りいただきました、橋本さんに、この場を借りてお礼したいと思います。
 ありがとうございました。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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