『図書』 から

『図書』 (2017.3。岩波書店)が届きました。

 今回は、前回も紹介した、柄谷行人「柳田国男と島崎藤村」や、三浦佳世「ピエロの謎──美と科学の幸福な調和」もおもしろいが、紹介すべきは、次の宮田光雄のエッセイである。宗教改革500周年にもぴったりの次のエッセイは、一読いただきたい内容である。

 以下、タイトルと抜き書き。

・宮田光雄「ルーカス・クラーナハと宗教改革」 (p.2-7)

「ルーカス・クラーナハは、デューラーやホルバインと並んで、日本でもよく知られている近代初期の芸術家である。」「彼の作品のおびただしさ」
「クラーナハが彼の工房の美術作品によって宗教改革の運動といかに大きく関わったか」
「一四七二年にドイツ中部の小さな町クローナハで生まれ」
「クラーナハは画家だったばかりではない。みずから印刷機を備えつけルターの改革文書を出版し、さらに書店を経営してそれを販売した」、「ヴィッテンベルクの市参事会のメンバー」
「多くの画像や木版画」「迅速に遠隔の地まで宗教改革の運動が拡大」「新しいスタイルのメディア戦略」
「クラーナハの手によって描かれた数多くのルター像」

「ルター自身は、聖像崇拝には反対だったが、画像をもとこと、それを描くことにたいしては何ら反対しなかった。彼にとっては、画像それ自体よりも、むしろ画像の用いられ方が決定的な問題であった。画像は、聖書の文字に通じていない一般民衆にたいして、福音を伝え教える上で大いに役立つものだったから。こうしてルターは、終生、その友の偉大な芸術のため擁護することを止めなかった。クラーナハもまた、その芸術を通してルターの事業の建設と拡大のために同労者としての責任を担いつづけた。」

「一五二二年九月には、ルターの画期的な『ドイツ語新約聖書』がクラーナハ工房によって製作・出版された。」「二一枚にも及ぶ黙示録挿画が加えられていた」、「教皇制にたいする大胆な批判」
「宗教改革初期において、もっとも民衆的なプロパガンダ文書だった」
「宗教改革を弁護するポジティヴな芸術」
「クラーナハの後世にたいする最大の遺産は、彼が共に生きた同時代の宗教改革者たちの多くの肖像を描いていることであろう。」「すぐれた時代史的証言」
「祭壇画」

 ルターと言えば、音楽を思い出すが、美術も重要な意味を持っていたわけである。
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