脳神経科学と宗教哲学

 昨日、宗教哲学会の第九回学術大会が京都大学文学部を会場に開催されました。
 午後は、例年通り、公開シンポジウムが企画され、今回は、「脳神経科学と宗教の未来」というテーマで行われました。
 司会とコーディネーターは、わたくしの担当ということで、わたくしも、シンポジウムで趣旨説明や講師紹介、講演へのコメントなどを行いました。
 脳神経科学と宗教というテーマは、わたくしのこの10年あまり取り組んできた問題であり、それを宗教哲学を専門にする研究者と共有できることは、うれしい体験です。
 二人の講師も、こうしたテーマに相応しい研究者です。
 以下、二人の講師による講演のテーマを概要を掲載します。

1.冲永宜司(帝京大学)「超越的次元のゆくえ―宗教経験の脳神経科学をふまえて」

 科学技術は、人間が理解不能、制御不能であったものを因果的に説明、予測、制御可能にし、同一の事柄を反復的に再現、産出可能にすることを特徴としている。その点では、人間を圧倒的に超えた制御不可能な実在への怖れや、その予測不可能な力を認める古くからの営みとは大きく異なっている。そこにおいて、科学技術には宗教とは真逆の性質がある。特に脳神経科学は、これまで制御する側にあった主体の働きを解明し、意識状態を予測、制御可能し、宗教の領域で扱われていた様々な精神的な病理や死の怖れまでも、物理、化学的な手段によって繰り返し制御、統制可能なものにしようとしている。これは物質の因果律の中に心や超越者までもあてはめ、超越者の働きを科学技術によって再現可能にしようとする試みにも相当する。こうした脳神経科学の発達によって、未来の宗教の領域はどうなるのか。
 本発表では大きくふたつの方向から考察を試みたい。ひとつは決定性、制御可能性、再現可能性という科学技術の特色に対して、それらの特色とは本質的に異なる性質を意識の内に見出す、科学の側の立場である。具体的には、意識の非決定性や自由意志の可能性を、決定性が支配する古典的法則が未成立の量子的な領域に見出し、基本的な粒子とその決定論的な運動ではなく、活動と自発性に実在性を見出そうとするR・ペンローズ、H・スタップや中込照明などの量子論的な意識論の立場である。そこでは脳状態は粒子的基本単位の配列状態ではなく、量子の重ね合わせの状態として考えられる。また脳作用に量子論は不要とする批判に対しては、古典的立場では、物質の機械的運動からは意識の生成が原理的に説明できないという再反論が試みられる。
次に、超越者の不在化という宗教的な問題に対して、生活世界における経験の現場そのものに超越性を見出して行こうとする立場を検討する。これは、精神を物質化し、対象として制御し、決定論的操作に従属させる枠組みを前提とする態度を括弧に入れ、抽象化された世界から生きた経験そのものへと帰還し、自発性や目的性をこの世界において再び実在化させる立場である。ここから見ると心を物質化する世界の方が、科学技術によって抽象化されているに過ぎない。すると超越の場所は抽象化を除かれたこの世界自体であり、超越者やこことは別の世界は要求されない。現代ではD・キューピットなどに代表され、禅思想をひとつの出所とするこの立場は、超越者との合一という意味での宗教経験をも否定する。しかし、現実世界を抽象化する枠組みの除去によって、生きた世界へと帰還する意味での宗教経験は、そこではむしろ否定されていない。それは、古典的決定論の枠組みを取り払い、活動と計算不可能性の世界へと意識を引き戻す、量子脳理論の試みにも重なると考えられる。

2.井上順孝(國學院大學)「宗教研究は脳科学・認知科学にどう向かいあうか」

 広く知られているように、米国では1990年代にDecade of the Brain(脳の10年)と呼ばれるプロジェクトが立ち上げられた。また1990年にはヒトゲノム計画が公式にスタートし、2003年4月には完全解読が宣言された。ヒトのゲノムサイズは31億塩基対で、遺伝子数が2万2千余りであることが分かった。オバマ大統領時代の2013年にはBRAIN initiativeがスタートしたが、これは脳マップを作成し脳の働きの全容を解明することを目指すものとされている。
EUにおいても、2012年にThe Human Brain Projectが発表され、ニューロインフォマティクス、人工知能の発展に特化した研究を進める方針を定めた。日本でもこうした流れに沿って脳研究や遺伝子研究などが進められており、中国、韓国、シンガポールなどでも、同様の研究が活発になっている。
これらの研究は、学術的目的だけでなく、むしろ軍事、医療、ビジネスなどに直結するがゆえに、巨額の投資がなされていると考えられる。とはいえそこで得られた成果の影響は、社会科学、人文科学にも広く及んできている。fMRIの技術の幅広い応用、オプトジェネティクス(光遺伝学)の開発、コンピュータ技術の急速な進展といったテクノロジーの革新は今後も続くと考えられる。新しい技術に下支えされた研究は、心の領域の問題や人間行動の問題に関しても、従来と比べてはるかに緻密なモデルを提供してきている。宗教研究もこうした動向に正面から向かい合うべき状況になってきている。すでに2006年には国際認知宗教学会(IACSR)が設立されたが、これもこうした動向に対応したものと理解できる。
私は主に現代宗教を研究対象としているので、とりわけこの動向は非常な関心を抱いている。現代宗教を研究する際には、超越的存在、超常現象、死後の世界、他界、聖なるものなどと宗教研究で記述されている事柄を、実際に体験したとか信仰していると述べる人たちと直接的に向かいあう機会が多くなる。新宗教の教祖や熱心な信者との面談調査には、そうした内容が数多く含まれてくる。民俗信仰においては、巫者と呼ばれている人たちは、特別な体験をへて巫者になったと語る。科学技術が進歩し、高等教育が普及したと言われる日本社会でも、呪術的と総称される行為は広く見出される。厄年や占いの類は多くの人が関心を抱き、パワースポットの存在を信じる人も少なくない。とくに信仰を持たなくても聖地巡礼を行う人もいる。
このような現象の理解に際しては、多くの場合、宗教体験、宗教的行為、宗教活動という表現を使ってきている。だが脳科学・認知科学と総称されるような分野で提起されている仮説は、宗教現象と呼ばれてきた事柄に対して、従来とは異なった観点からの分析も可能になってきていると考える。たとえば宗教集団の形成、分派の形成、民俗宗教の変容と持続などは、同時代的に観察されるが、その理解に際して従来の教団類型論、社会変動論といった観点からは説明しにくい側面についても、新たな展望が拓ける可能性がある。

 沖永先生、井上先生、ご苦労様でした。


 
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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