『図書』 から

『図書』(2017. 5. 岩波書店)が届きました。本日は、連休の初日ですが、午後から近江八幡で、研究室の恒例の新歓行事を行います(ますは、ハイキング、夕方は京都に戻り、懇親会)。

この号のエッセイで、宗教・キリスト教という点で、興味深かったのは、次のものです。

・梨本香步「母国と個人の宗教、そしてフェアネスについて」(往復書簡 私たちの星で17)
 イエス、マリア・マルタからスタートして、クリミア戦争のナイティンゲールへ。そしてカトリック、修道女へ話題は続き、「その人の信仰故にあるべき姿を基準にその人の行いを裁くのは、必ずしもフェアではないということ」という相手方の手紙を引用。
 この「フェアでない」は「洗煉された寛容」。
 最後は、「人が宗教を必要とする理由の一つ」(「被造物である自分が肉体的に有限の存在であることをどう納得するか」)から、自分の宗教観へ。

「カリーマ、これが今のところ、私という個が行き着いた、小さな個人の宗教」。

 この「個人の宗教」は、近代以降の現代的な宗教のひつとの形かもしれない。思い起こすのは、次の本である。

ウルリッヒ・ベック
『〈私〉だけの神──平和と暴力のはざまにある宗教』
岩波書店、2011年。

 なお、今回は、通常の『図書』のほかに、岩波文庫創刊90周年記念として、『図書 私の三冊』も送られてきた。
 この「私の三冊」には、わたくしも、参加しており、紹介したのは、次の三冊です。
『時と永遠 他八篇』
『死に至る病』
『国家と宗教』

 
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、今後開設の別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します。
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