「性」の神学の条件

 現代のキリスト教思想では、「性」の神学とでも名付けうる思想的試みが進行中である。そもそも、「性」はキリスト教の中心に位置しつつも、顕わな適切な仕方で主題化されないままに長い時間が経過していた(もちろん、先駆的あるいは断片的な取り組みは存在した)。しかし、今や、「性」は教派的な相違を超えてキリスト教思想の争点となりつつある。「性」をめぐる見解によって、キリスト教世界が二分されることもあり得ることかもしれない。
 その直接的で最初の文脈の一つとなったのは、ファミニスト神学であることは言うまでもないが、今や、フェミニスト神学の従来の枠組みでは整理できない、きわめて多様な形態の「性」の現実が問題化している。文化の基礎をなしてきた二分コードが由来であるとも言えるし、20世紀の「自然と文化」をめぐる議論が一つの帰結に達しつつあるとも、言えるかもしれない。
 こうした問題状況に神学・キリスト教思想として取り組み際の基盤の一つは、「聖書」に求められることになり、フェミニスト神学以来、聖書学はその点で焦点を形成してきた。しかし、聖書解釈だけで、めざすべき「性」の神学を構築するには不十分である。決定的にたりないのは、性をめぐる科学的知見との接続である。つまり、性差の科学を無視しては、「性」の神学はその基盤を確かにすることはまったくおぼつかないであろう。
 性差の科学としては、本ブログでも、以前に次の文献を紹介したことがあったように記憶している。

板東昌子、功刀由紀子編
『性差の科学』
ドメス出版、1997年。

 しかし、より最近の議論を含むものとして、以前は、『性差科学の最前線』(性差の科学編集委員会、2011)がWeb上からダウンロードできるようになっていた。現在はどうだろうか。もし、ダウンロードが難しい場合は、「京都大学男女共同参画推進センター」の次の頁などを参照。
http://www.cwr.kyoto-u.ac.jp/about/works.html

 聖書、科学、現実=フィールドの三者を踏まえた「神学」が求められている。
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