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アガンベン・メモ(a35)

7・6
ここでは、「7・5」を受けて、道具因をめぐるトマスの議論がテーマとなります。

「『定期討論集』において」「トマス・アクィナスは道具因という観念に含まれている働きの分裂に固執している。」
「二つの働き」「自分本来の形態にしたがってそれに属する働き」「それが行為者によって動かされるところにしたがってそれに属する働き」

「技術とは、道具の働きが自立したものにされると同時に、それが区別されるとともに連結された二つの働きに分裂するときに開示される次元なのだ。」
「道具因はたんに作用因が特殊化されたものではない。」「道具の本来の機能の変容でもある」
「使用は、もはや主体と客体とが無規定な状態にある二重かつ相互的な感心の関係ではない。そうではなく、もはや使用は道具性によって定義された二つの原因のあいだの位階的な関係である。道具因は、近代人が近代的なもののなかにあってみずからの行為を理解するしに様式を規定している有用性ならびに道具性の概念が人間的活動の領域に初めて出現したことを印しづけているのである。」

このように考えると、現代における技術のデュアルユース問題が、どうして生じるかについても理解できる。近代的な意味での道具・技術は、働きが二重化している。軍事利用と民生利用とは、一つの技術の中の働きの分裂。
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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