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キリスト教思想の焦点としての言語26

 現代思想で言語と言えば、必ず問題となるのが、翻訳であり、キリスト教思想にとって、翻訳は、聖書翻訳という形で重要研究テーマとして位置づけられる。エーコにも、まとまった翻訳論が存在する。

Umberto Eco,
Experiences in Translation,
University of Toronto Press, 2001.(トロント大学での、1998年のレクチャーが元になっている。)

Preface

Introduction

Translating and Being Translated
 Equivalence in Meaning
 Incommensurability versus Comparability
 Sameness in Reference
 Translating from Culture to Culture
 Source versus Target
 Foreignizing and Domesticating
 Archaic versus Modern
 Can a Translator Change the Story?
 Translating Rhythm
 How Not to Get More and How to Accept Less
 Compensating for Losses
 When the Text Has Us See Things
 Compensation through Rewriting

Translation and Interpretation
 Rewording as Interpretation
 Definition versus Translation
 Buongiorno
 The Substance of the Expression
 Stylistic Values and Expressive Substance
 Expressive Substance and Aesthetic Effect
 Change of Continuum
 Interpretation, Translation, and Transmutation
 Borderline Cases

Bibliogtaphy

 議論の基本に二項性が置かれているのは、突き詰めて言えば記号論的前提からか。二項性の処理については、アポリア、パラドクス、弁証法などさまざまであるが、ここにその思想家の特質が現れる。ニーバーの有名な類型論は、理論的には、この問題に関連している。

 その他に、次の論集には、エーコの翻訳をめぐる論考が収録され、エーコ作品の翻訳をめぐる諸論考が収録されている。

ウンベルト・エコほか
『エコの翻訳論──エコの翻訳論とエコ作品の翻訳論』
而立書房、1999年。

 エコ自身の文章としては、次の4つのものが収録。

・翻訳研究への記号論的アプローチ
・レーモン・クノー『文体練習』(イタリア語)の序説
・『シルヴィー』再読
・会議への基調発言


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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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