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キリスト教思想の焦点としての言語38

 今回は、キリスト教の言語論の古典とも言えるアウグスティヌスの議論と、それを現代哲学の文脈で論じるという趣旨で、二冊を文献を紹介します。

1.アウグスティヌスの言語論
 これについては、アウグスティヌス研究の範囲で言及すべき文献は少なくありませんが、今回は、次のもの。

Philip Burton,
Language in the Confessions of Augustine,
Oxford University Press, 2007.

1. Sermo
2. Alternative Comedy: The Language of the Theatre
3. The Vocabulary of the Liberal Arts
4. Talking Books
5. Biblical Idioms in the Confessions
6. The Paralinguistics
7. Epilogue

Appendix: Greek Words in the Confessions
Bibliography
Index locorum
Index rerum
Index verborum graecorum
Index verborum latinorum

2. 現代哲学とアウグスティヌス
 現代哲学としては、フッサールとハイデッガー、そしてレヴィナス、マリオン。テーマは、「受肉」。

James K. A. Smith,
Speech and Theology. Language and the logic of incarnation,
Routledge, 2002.

Acknowledgements
Abbreviations

PART ONE
Horizons

1 Introduction: how to avoid not speaking
2 Phenomenology and transcendence: genealogy of a challenge

PART TWO
Retrieval

3 Heidegger's "new" phenomenology
4 Praise and confession:how (not) to speak in Augustine

PART THREE
Trajectories

5 Incarnational logic: on God's refusal to avoid speaking

Index

 実は、先週の水曜日の特殊講義では、「宗教と文化」というテーマの中で、「告白」を取り上げた。告白については、さまざまな議論が可能であるが、祈り・告白が語りからテキスト化(書記化)という過程(告白文学・自伝文学の形成に至る)を考えれば、宗教と文化とが、「告白」で繋がることは十分に了解可能であろう。
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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