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文化の神学 映画・追加1

 数年前に、「文化の神学」というカテゴリで、映画、音楽、文学などをキリスト教との関わりで論じた文献を紹介した。この連載は、かなりの回数続いたが、この間、休止状態であった(本ブログでは、よくある話である)。今回、映画に関連した文献を取り上げるために、一時、この連載を再開する。

岡田温司
『映画とキリスト』
みすず書房、2017年。

はじめに

Ⅰ 映画と宗教、あるいは映画という宗教
Ⅱ サイレントのイエス
Ⅲ イメージの力、言葉の力、音楽の力──パゾリーニ『奇跡の丘』
Ⅳ 変容するイエス像
Ⅴ その子はいかにして生まれたのか
Ⅵ 脇役たちの活躍──イスカリオテのユダとマグダラのマリア
Ⅶ キリストに倣って
Ⅷ 「聖なる愚者」たち
Ⅸ 「クリスタ」たち
Ⅹ 瀆聖

おわりに
参考文献
人名・映画作品索引

第一章のはじまりの部分から
「映画とはそもそも宗教的なものである。ここで「そもそも」といったのは、物語のテーマや内容いかんいかかわらず、それ自体において本来的に、という意味である。つまり、映画そのものがある種の宗教性を帯びているということだ。このことはまた、製作と鑑賞のどちらにも当てはまるし、製作者や鑑賞者が信仰をもつか否かを問わない。しかも、何か特定の宗教に限られたわけではない。」(8)

 この導入は、キリスト教思想では、たとえば、ティリッヒの言う、広義と狭義の宗教概念、さらに広義の宗教芸術と狭義の宗教芸術との区別と関連という議論と合致するものであり、これだけでも、本書が、キリスト教思想との関わりで興味深いことが分かるであろう。こうした宗教理解は、デューイの形容詞の宗教と名詞の宗教にも重なり、また、文化におけるイエス像の多様性と変遷という議論は、ペリカンの有名な著書を思い起こさせる。

 今日は、センター試験の一日目、しばらくすると、試験開始。がんばれ、受験生。
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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