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アガンベン・メモ(b11)

1・10
今回は、「ト・ティ・エーン・エイナイ」についての文法的な議論です。

「文法的構造の分析」「尋常でない文法的構造」
「クルト・アルペ」「「ト・ティ・エーン・エイナイ」の意味を把握するためにはその定位を二つの与格をもって補完してみる必要があるという。純粋の与格と述語的与格である。」
「アリストテレスは通常、本質を述語するさいにそれを述語的与格によって表現している。」「"to soi einai"(「きみであること」定義どおりには「きみに存在を与えること」)」
「この特定の人間の人間であることについて語っているのだから、その定式のなかに純粋のあるいは具体的な与格を挿入する必要がある。《このことによって》とアルペは書いている、《ト・ティ・エーン・エイナイという問いの文法的構造が明確にされる。それは、理解されるためには、純粋な与格と同化によって産み出される述語的与格をつうじて補完されることを要求しているのである。ト(to)という冠詞を前に置くことよって、その定式は問いへの答えという意味を獲得する》と」

「「ト・ティ・エーン・エイナイ」は(人間の場合には)「X(ソクラテス)にとって存在する(ソクラテス、エマ)とはなんであったかということ」を意味している。その定式は、ある特定の存在者のウーシアを、「この特定の存在にとって存在するとはなにであるか」という問いを「その特定の存在者にとって存在するとはなんであったかということ」という答えに変換することによって表現しているのである。」

注:「「ト・ティ・エーン・エイナイ」という定式には、「存在するとはなんであったのかということ」と「〈なにであったか〉存在」という二つの翻訳が可能である。その二つとも、なんらかの仕方で維持されねばならない。というのも、その定式は一方から他方へと両者がけっして符合することはできないままに移動していくありさまを正確に表現しているからである。」「《ヒュポケイメノンとト・ティ・エーン・エイナイという二つの術語を使用するさいにそこに込められている二つの意味が名指されている》」
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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